3月11日に発生した大地震から今日で1週間経った。
被災した方々に心からのお悔やみとお見舞いの気持ちを申し上げ、1日でも早い復興を、そして亡くなられた方々にはご冥福をただただお祈りするばかりです。
また現在命がけで原発の現場で任務を全うし、国民を守ろうとしている、東京電力、自衛隊、消防、警察、多くの関係者の方々には、前に進む勇気をもらい、敬意と感謝の気持ちを申し上げます。
自分も未だかつて経験していない大地震は予想以上に恐ろしく感じたこと、余震に怯えて眠れなかったこと、
毎日テレビから流れる映像にあまりにも悲惨でただただ悲しくて涙がでてくること、
原発に対する不安など、なにもかもがショックで、1週間は本当に心が疲れてしまっていた。
そう思う自分を今度は、こんなことくらいで自分が疲れてしまうなんてと自分を責め、無力さを感じることもあった。
ただ、あの日直後に比べてみると、すこしずつ自分の中で自分がやるべきことが見えて、(まだわからない部分も多いけど)少なからず前に進まなくてはいけないと思えるようになってきた。
今週の月曜は出勤したものの、翌日から自宅待機になってしまった。
外国人スタッフの多いうちの会社は、地震に慣れていない、言葉の壁で正確な情報が得られない、
CNNやBBCなど原発に対する(過剰と思える)報道しか観ていない、などから、かなりみんなが混乱状態になってしまっていた。もちろん、彼らの家族は自国にいるわけだし、離れている不安は測りしれない。私はできる限り不安な彼らにわかりやすい現状を知らせる英語のサイトなどを教えてあげた。
自宅で待機するも、日に日に更にわかってくる被災地の惨状や、原発に対する情報の錯綜、不安な憶測
友人から西に避難したほうがいいと勧められたことなどから更に無駄な不安は募るし、自宅待機しているものどこかもどかしい気持ちになり、限界が私にはあった。
現実問題、仕事が金曜の夕方から止まっていたわけだし、
1年で1番忙しい時期なので、あれもこれもやらなくてはいけなかった。
そして、今回の地震で自分たちの危機管理に対しても、余震が高い確率で起こりうるという予測があるので、できるだけ早く見直したかった。
自分にできることは祈りを捧げること、節電と義捐金と援助物資と思っていたが、
それと同時に大切なことは、自分自身の生活をしっかり送ること、
Face bookにも書いたけど、次に子供たちがスクールに戻ってくる時に、不安なく、いつも通りのスクール生活を送れるようにしてあげるように十分準備してあげること、と強く思った。
そして、翌日はボスと同僚と相談して、出勤して、暖房オフのオフィスで黙々と仕事をした。
こうすることが、はたして何の助けになるのかまだわからない。でも被災していない自分たちが未来を創っていかなくちゃいけないということは確かなんだと思う。
まだまだ余震も放射能もこわい、でもプロに任せて、その方々の懸命の努力を信じたい。
今ある情報を信じて、希望を持っていきたい。
私の友人の医師が先日、気仙沼に入った。被害が最も酷いと言われる地域の一つだ。彼が一人でも多くの人たちに安心と勇気を与え、命を救ってくれることと思う。
そういう人たちの活動をただただ信じるだけだ。
この地震に関する記事で、是非皆さんに読んでもらうといいなあを思うものを
ここに残しておきます。
村上龍がNYtimesに寄稿した記事
立教新座高校の校長より、卒業生へのメッセージ




