稽古会にて瞑想を行った。全世界に、日常空間に、大地に、そして自分自身に荘厳な光が満ちるイメージ。或いはそれを描くイメージにて行う。
手を動かしてイメージを強固にし、溢れんばかりの光をイメージした。
ここで、ふと感じた。「この光はどこからやってくるのだろう?」
その瞬間、身体の内側のどこかに、特異点と表現すべき高密度の空間がイメージの中に現れた。それは見ることも聞くことも嗅ぐことも触れることもできず、「空間」と呼べるかどうかもわからない。無理やりな表現として「無」や「空」ということになるだろう。
全ての光はここから流出していた。観測できない特異点から、眩いばかりの全存在が四方八方に溢れ出していたのである。(量子論の考えでは、世界は観測によって創造される。故に、観測できないものは「無い」ということになる。)
「ワンネス」という言葉がある。大変素晴らしいものだし、我々が目指すべきものでもある。ワンネスというのはこの光、エネルギー、あるいは絶対有である「これ」を指すのだろう。これはあれでありわたしでもある。
ただし、そこに留まっていてはもったいない。ワンネスを縦に切り開いたその向こう側にある特異点、観測できない何か、「空」ここにこそ、我々のルーツがあるのではないか、そう思わずにはいられない。