はい、ashです(^^)/
そして、のっけから題名を否定するような事を書きますが、別に嫌いな人を無理やり好きになろう、と言うつもりは一切ありません。むしろ、嫌いな人は嫌いな人のままでいいと思います。
でも、それでも、愛しなければいけない。
それも思います。
2:6:2の法則というのがあります。どんなことをしても自分のことを好いてくれる人が2割、どんなことをしても自分のことを嫌う人が2割、残りの6割が自分の行動によって分かれる、というものです。
だから、行動によって6割の人に好いてもらうことは、理想と言えば理想ですが、ただ、「2割」という存在がある以上、そこに焦点をあてて人に嫌われることを恐れる必要は全くないと思います。
同様に、人を嫌うことに関しても、まあ嫌わないことに越したことはないですが、どうしても馬が合わない、ということは間違いなくあるでしょう。
ところで話が一旦逸れますが、私達人間は、どうしても「楽」をしたがる生き物だと、個人的に強く思います。何も制約がなければ、楽な方に楽な方に流れていく。エントロピーの増大、水は低きに流れる、ではないですが、「これから毎日早朝5時起きジョギング!!」とルールを決めても、一週間もすれば「今日は寒いから」「なんか体調悪いし」なんて、少しずつフェードアウトしていく…
うん、きっと、多数の人がそうなるのかなあ、と思います(;^_^A
「そんなことはない、ルールを決めて、徹底して完璧に守っている」という方もいらっしゃるでしょうが、素直にすごいと思います。
人間は一人で、特に制約が設けられていない場合、「楽」に流れる。そこで、誰かの助けを借りて、「楽」ではない先へ進まなければいけない。
そのために、「嫌いな人」という存在があるのかな、と思っています。また、自分が嫌いだと感じる相手も、大抵は自分のことを嫌っているでしょう。
嫌いな人がいると、どうします?例えば、その人と会わないように工夫したり、コイツには負けるもんか!とハップンしたり、隙を作って揚げ足を取られないように集中力を高めたり…しませんか?
その時、大きなエネルギーが湧いてくるんです。前に進むためのエネルギーです。
とっても強いエネルギーが湧いてきます。負けるもんか!です!(^^)!
それは負のエネルギーだ、何て声が聞こえてきそうですが、エネルギーには正も負もないと思います。その純粋なエネルギーを正にするか、負にするかは自分次第です。腐ってしまえば「負」、それを糧にできれば「正」です。身も蓋もない言い方をすれば、正か負かは結果論です。
自分一人だと楽に、怠惰に流されてしまう所を、嫌いな人間によって、原動力をもらえる。
好きな人から貰えるものとは別のものが貰えるんです。
「宇宙は一体である」と、私達はよく耳にしますし、私もそう信じています。その一体の中で、なぜ「嫌う、嫌われる」が生まれてしまうのか。
きっと、その相手にエネルギーを与え、エールを送るために、あえて「嫌われ役」を演じているのではないでしょうか。誰だって嫌われるのは嬉しくないでしょうが、あえてそれを引き受けているのです。
もちろん、この考えが正しいかどうかはわかりません。
だけど、こう考えると、嫌いな人も愛しく思えてきませんか?
だから、嫌いな人は好きにならなくていい。だけど、嫌いな人こそ愛した方がいい。愛するべきだ。そう思います。
まあ、こんな偉そうなこと書いていますが、自分もまだまだ…(;^_^A
先は長いです、精進致します(笑)