ホミン パラレル
仕事の話があると所属している事務所に呼び出された。
シム・チャンミンは駆け出しの脚本家をしている。
勿論、脚本の仕事が入ったと思い喜んで向かったのだが、提示されたのは違う仕事だった。
「何で俺が・・・」
「良い話だと思うけどね、チャンミン」
不満気な顔をしたチャンミンに、エージェントは笑顔を見せて話を進める。
予想通りの反応だったのだろうと、チャンミンは内心面白くなかった。
「元々あなたとは脚本家としてだけ契約したのではなくて、秘書業務との兼務扱いだったでしょ?
脚本家としての仕事はまだ少ないし」
それを言われるとぐうの音も出ない。
子供の頃からドラマや映画、小説が好きだったチャンミンは有名大学を卒業後、大手企業で5年間役員秘書をし、昨年退社をした。
そして、大手エージェントTと脚本家としての契約を交わした。
何故無名の脚本家が大手と契約出来たのか?
それは一重にチャンミンの出た大学と、前職の経歴のお陰でもある。
学生時代の成績がかなり優秀だったこと。
前職が大手企業の役員秘書だったこと。
そして、コネのお陰だ。
大学時代に親しかった友人が某企業CEOの息子だった。
そして、彼の希望でチャンミンは卒業後に彼の秘書になり、5年間その仕事を全うした。
親友はチャンミンの脚本家の夢を応援してくれていたので、知人であるT社代表に話を持ち掛けてくれたのだ。
脚本家としてでは難しいだろう契約に、秘書業務との兼務、という条件を付けて。
そして、上手く行かなかったらいつでも彼の秘書に戻って来る様にも言ってくれた。
Tは大手エージェントだから、テレビドラマの監督や俳優、脚本家も契約相手には居て、有名脚本家のアシスタントとして仕事が回って来る。
と言っても脚本家としてより、その内容は秘書に近い。
主な仕事は下書きを元に脚本を仕上げる事と、ボスのスケジュール管理だ。
オリジナルの映画やドラマの脚本を書いてエージェントに提出しては居るものの、未だどこからも相手にされては居ない。
「だからって、秘書兼通訳として撮影地に付き添えって…しかも3ヶ月も」
来た話はこうだ。
事務所がエージェント契約をしているアクション監督が韓国の映画に起用される事になった。
あちらとしてはハリウッドのアクションを取り入れた映画というのを売りにするらしい。
だが、監督はアメリカ人なので韓国語が分からない。
現地通訳を雇えば良い話だが、監督からマネージメント業務も依頼された為、マネージャーと通訳の2人が必要になる。
そこで、チャンミンに白羽の矢が立った。
韓国系アメリカ人のチャンミンなら、通訳も出来るし、秘書としても優秀なのでマネージメント業務も完ぺきに熟せる。
そして、映画撮影の現場に立ち会う事は、脚本家の卵としても様々な事を勉強出来る。
一石二鳥どころか一石三鳥になるのではないか、という話だ。
「行ったこと無いんです」
溜め息を吐いてチャンミンは正直に依頼を受ける事を渋る理由を口にした。
「確かに言葉は問題無いですけど、韓国には一度も行った事が無くて、正直期待に応えられるか分かりません」
韓国に詳しい人に付き添って欲しいと監督が考えているのなら、自分では役には立たない。
だが、その心配を事務所の人間は笑顔で否定した。
「それはリサーチ済みよ」
「それなら…」
「監督は韓国のガイドをして欲しい訳じゃ無いのよ。
あくまで自分を理解した上で、あちらとの意思疎通をしてくれる人。彼をケアしてくれる人が欲しいと言ってるの。
韓国に詳しい人なら、あっちに沢山居るんだもの、わざわざこちらから行く必要無いわ」
彼女の言葉になるほどねとチャンミンは思った。
確かに韓国語が完璧に分かるアメリカ人の自分にこの仕事は適しているみたいだ。
そして彼女が言うように、映画の現場を肌で感じる事が出来るのも自分にはプラスになる。
悲しい事に今、脚本の仕事は入っていない。
「分かりました、受けます」
そうしてチャンミンは生まれて初めて、韓国に行く事になった。
