広島市内に住んでいる人はわかると思いますが
先月の下旬にある店がグランドオープンしました。
結論!最近のグランドオープンってひどいもんですねー。
オープンから20日くらいたち、グラフや稼働状況を見たいために
覗くことがあるのですが・・・
固定客つけようという意思が全く感じられんくらい回収営業ですw
しかもその間に新台入れ替えを2回・・・・グランドOPでかなり費用かかっているにもかかわらず
すぐに入れ替えとか、お客から回収かける気満々ですね::
個人的に何がやりたいのか全くかんじられません。
ただ営業方針にはいろいろあるでしょうから長い目で見ていこうとは思いますが・・・
前回の公開からかなり時間がたってる・・久々の更新
その間に今のパチンコと当時のパチンコの性質を考えてみたりしてました。
巷でささやかれてる?(公然かw)ホルコンというシステムについて
私自身は当時も今現在もこのシステムは導入されていると思います。
(個人的な思い)
もちろん現在はこのシステムは精度が格段に上がっていると思うし、
打ち手もそれを意識した動きをしていますね。
ただ当時はこのシステムには無頓着だったせいもあり、噂程度にしかおもわず、設定判別と波形で
立ち回ってたのを思い出しました。
高設定を打っていても不可解な当たり方や
例えば、自分が出ると同じ高設定を打つ人が回収になるとか
低設定のはまり台が噴き出すと、あそこの台がへこむとか
1週間設定5を終日打ち続けてトータルが換金差で負けるとかw
還元出玉のMAX値が店のさじ加減ひとつで変わっているというところが当時も今も
感じるところですね。
その効果が浮き彫りになっているのがデータロボの波形じゃないかと思えます。
その間に今のパチンコと当時のパチンコの性質を考えてみたりしてました。
巷でささやかれてる?(公然かw)ホルコンというシステムについて
私自身は当時も今現在もこのシステムは導入されていると思います。
(個人的な思い)
もちろん現在はこのシステムは精度が格段に上がっていると思うし、
打ち手もそれを意識した動きをしていますね。
ただ当時はこのシステムには無頓着だったせいもあり、噂程度にしかおもわず、設定判別と波形で
立ち回ってたのを思い出しました。
高設定を打っていても不可解な当たり方や
例えば、自分が出ると同じ高設定を打つ人が回収になるとか
低設定のはまり台が噴き出すと、あそこの台がへこむとか
1週間設定5を終日打ち続けてトータルが換金差で負けるとかw
還元出玉のMAX値が店のさじ加減ひとつで変わっているというところが当時も今も
感じるところですね。
その効果が浮き彫りになっているのがデータロボの波形じゃないかと思えます。
新年あけましておめでとうございま・・・もう11日もたっ(ry
今回は過去の記憶でも掘り起こしてみようと思います。
私パチンコをたまにやってるんですが(今は時間が有るときくらい)
今のパチンコはほんとお客に厳しい時代になったと感じます。
(パチンコ人口自体が減ってきているのをみればお店も厳しい時代)
パチンコの出玉が少なくなってきている
特確 特通などの詐欺的な当たり(個人的な判断)
2.5円や3円交換といった低換金率のお店の減少(出玉が少ない上に等価交換)
ART主流のスロット
イベントの禁止
などなど・・・あげればきりが無いですが
打ち手にかなり厳しいレギュレーションになってきていますね::
あれは遊戯という度合いを越える民営ギャンブルですね。
そんな事を思いながら15年ほど前、当時学生だったころの記憶が
戻ってきたのです。
当時は今とは真逆で
低換金率での交換(私の地元広島だと2.5~3位だったかな?)
パチンコの出玉は2000発以上
確変の権利は2回
スロット4号機が認可された最初ごろで
Aタイプが全盛で今のような初当たりが厳しいスペック
ではなく、低予算でも十分プレイできるものが殆ど
(後に4号機最後はかなりギャンブル仕様がでましたが)
等価交換の店は少なく(当時私が知る中でも1~2店舗しかなかった)
7枚交換が主流でした。
イベントも過激なものが多く「設定5・6祭り」「2分の一で設定6!」「ALL6祭り」
「4・5・6祭り!」などなど
お店も夜から設定公開しますといって実際に客に見せてくれたりと
ほんと今では考えられない(現在は規制が強化されて不可能になった)
月1回でもほんとおいしいイベントでお客も、あさから150人とか200人とか並んだりして
老若男女とわずそれで生活している人が何人もいました。
当時私もその中の一人?(末端といったほうがいいか(笑)
でして、スロットをメインに立ち回ってました。
当時4号機で一番打ったのが「ニューパルサー」というAタイプのスロットで
人気もあり店の看板台だったのですが、この機種に限らず
当時の最大の攻略法?である
設定判別が出来た事が大きな理由でした。
5号機のように子役の出現率云々での推測ではなく
ガチで判別ができ、BIG1回分の100ゲームもあればできた確信的なものです。
もちろん雑誌等でも公開されたりとしていた内容ですが
当時は若い人がかなり使ってたですし、実際台の取り合いも激しかったです。
なのでマイホにいくと座ってる人をみただけで今日はどこに高設定が・・・というのも
判りました(笑
なのでお店では常連で暗黙のルールがあり、互いにその中でやり取りをしていました。
しかもその高設定を翌日ちゃんと据え置きをしているかしてないか
までを翌朝1000円で判別する方法まであり随分お世話になりました。
上記の機種では判別は設定5以上か(6の判別も出来た)
それ以下かという判別なので
判別がOKであれば実質5以上を打つことになるので長期プレイをするのであれば
すごく安定していました。
判別がNGならば即やめして次の候補を絞っていました。
(大体ボーナス比率とグラフの波形であらかたわかりましたけどね)
このグラフの波形という(データロボ)ものが、今後何年ものテーマになるとは
当時は思わなかったです。
話がなんかデータロボにそれましたが、ほんと当時の状況と今の
状況では雲泥の差くらいに厳しいものになてしまいましたね::
この回想録、記憶が思い出す限りつづってみようかと思います。
それでは。
今回は過去の記憶でも掘り起こしてみようと思います。
私パチンコをたまにやってるんですが(今は時間が有るときくらい)
今のパチンコはほんとお客に厳しい時代になったと感じます。
(パチンコ人口自体が減ってきているのをみればお店も厳しい時代)
パチンコの出玉が少なくなってきている
特確 特通などの詐欺的な当たり(個人的な判断)
2.5円や3円交換といった低換金率のお店の減少(出玉が少ない上に等価交換)
ART主流のスロット
イベントの禁止
などなど・・・あげればきりが無いですが
打ち手にかなり厳しいレギュレーションになってきていますね::
あれは遊戯という度合いを越える民営ギャンブルですね。
そんな事を思いながら15年ほど前、当時学生だったころの記憶が
戻ってきたのです。
当時は今とは真逆で
低換金率での交換(私の地元広島だと2.5~3位だったかな?)
パチンコの出玉は2000発以上
確変の権利は2回
スロット4号機が認可された最初ごろで
Aタイプが全盛で今のような初当たりが厳しいスペック
ではなく、低予算でも十分プレイできるものが殆ど
(後に4号機最後はかなりギャンブル仕様がでましたが)
等価交換の店は少なく(当時私が知る中でも1~2店舗しかなかった)
7枚交換が主流でした。
イベントも過激なものが多く「設定5・6祭り」「2分の一で設定6!」「ALL6祭り」
「4・5・6祭り!」などなど
お店も夜から設定公開しますといって実際に客に見せてくれたりと
ほんと今では考えられない(現在は規制が強化されて不可能になった)
月1回でもほんとおいしいイベントでお客も、あさから150人とか200人とか並んだりして
老若男女とわずそれで生活している人が何人もいました。
当時私もその中の一人?(末端といったほうがいいか(笑)
でして、スロットをメインに立ち回ってました。
当時4号機で一番打ったのが「ニューパルサー」というAタイプのスロットで
人気もあり店の看板台だったのですが、この機種に限らず
当時の最大の攻略法?である
設定判別が出来た事が大きな理由でした。
5号機のように子役の出現率云々での推測ではなく
ガチで判別ができ、BIG1回分の100ゲームもあればできた確信的なものです。
もちろん雑誌等でも公開されたりとしていた内容ですが
当時は若い人がかなり使ってたですし、実際台の取り合いも激しかったです。
なのでマイホにいくと座ってる人をみただけで今日はどこに高設定が・・・というのも
判りました(笑
なのでお店では常連で暗黙のルールがあり、互いにその中でやり取りをしていました。
しかもその高設定を翌日ちゃんと据え置きをしているかしてないか
までを翌朝1000円で判別する方法まであり随分お世話になりました。
上記の機種では判別は設定5以上か(6の判別も出来た)
それ以下かという判別なので
判別がOKであれば実質5以上を打つことになるので長期プレイをするのであれば
すごく安定していました。
判別がNGならば即やめして次の候補を絞っていました。
(大体ボーナス比率とグラフの波形であらかたわかりましたけどね)
このグラフの波形という(データロボ)ものが、今後何年ものテーマになるとは
当時は思わなかったです。
話がなんかデータロボにそれましたが、ほんと当時の状況と今の
状況では雲泥の差くらいに厳しいものになてしまいましたね::
この回想録、記憶が思い出す限りつづってみようかと思います。
それでは。
