仕事で行けなかった去年から楽しみにしていた「ライヴ・アースまつやま」、今年は行ってきました!

このイベントは、有機農法の食材を使ったお料理や自然素材の衣類や雑貨、整体やカラーセラピーなどのブースが出展するほか、ライヴもあるというとてもLOHASなイベントです。

東京や大阪、九州で行われている「癒しフェア」の松山バージョン、といった感じです。
歌のライヴもあるので、雰囲気は夏フェスといった感じでしょうか。

このイベントの運営には、「邂逅」の会でご紹介したほたかくん・なっちゃん夫妻が関わっています。

今回は高校時代に好きだったUAさんと元ちとせさんがゲストでいらっしゃるとのことで、凄く楽しみにしていました。

まだ出番前のUAさんがLITTLE TEMPOの皆さんと私の大好きな曲『情熱』を歌っていて、ホント来られて良かったと思いましたし、元ちとせさんの独特のこぶし(?)も生で堪能しました。

UAさんは間奏などに動物の鳴き声を真似していて、一気に熱帯雨林にトリップしたような錯覚も味わわせて下さいました。

祭りのあとは母の日のプレゼント。
シュークリームを買って帰りました。

充実した一日を過ごせて大満足でした!


明日香の処方箋-IMAG0015.jpg

種田山頭火の終の住処「一草庵」(いっそうあん)に散歩の途中に寄ったら、「茶室」と抹茶色の字で書かれた紙が貼ってありました。
入ってみると人の気配がしたので、
「ここ、お茶飲めるんですか?」
と訊いてしまいました(無類のお茶好きなもので)。

すると、3/10で山頭火を偲ぶイベントがあるので、その準備をしているとのこと。
10日に来ると約してその場から自宅へ帰りました。

10日の13時頃に一草庵を訪ねると、着物姿の方がいっぱい!
茶席もかしこまったものなのかなと、ちょっと不安でした。
よく見ると、外国人の方がちらほら。
ひとりで来たので話し相手もいずに手持ち無沙汰だったので、外国人の女性に声をかけてみました。
その方はフランスからの留学生で、2月に日本に来たばかりだそうで、挨拶程度のフランス語と英語で何とか会話が成り立つといった感じでした。

その留学生に声をかけていた方に挨拶すると、パッチワークの先生をしていらっしゃるとのこと。
一緒にお茶室に向かい、一服頂きました。
生菓子も頂きました(写真)。

イベントは、留学生が山頭火の句を訳して発表したり、山頭火に扮した男性や、幼少の頃に、山頭火から竹トンボを貰ったという男性が登場したり、オカリナの演奏もあったりと、バラエティ豊かなものでした。

生菓子のほかにも、つきたてのあんこもちと、留学生お手製のインドのお菓子も頂きました。
インドのお菓子は揚げたクッキーみたいなものでした。
どれもとても美味しく頂きました。

この日の夕方は冷えたので、早々に帰宅しましたが、愉しいひとときを過ごせました。
せこの日は転勤で松山に来ているほたかくん・なっちゃんご夫妻と食事をしました。
ご夫妻行きつけのトラットリア「FLOR(フロア)」は、旬の食材にこだわったり、内装は駅の廃材を再利用したりと、ホントにLOHASなお店なのです。

ブロッコリーの温野菜、じっくり時間をかけて焼くカボチャ入りのラザニアが特に印象に残っていますが、バジルが旬の時にはバジルをたっぷり使ったジェノベーゼが頂けるということなので、ジェノベーゼ好きの私は早くその時期が来ないかなあとワクワクしています。

ほたかくんと私は高校1年のため時にクラスが一緒になったのですが、しゃべった記憶はないです(断言)!!

2年で私は文系、ほたかくんが理系のクラスになってしまったので、まさか松山で会うことになるとはつゆ思わず、でした。

ご夫妻は「ライヴ・ アースまつやま」というLOHASなイベントの運営に関わっていて、私にもお誘いが来たのですが、去年は仕事で行けませんでした……。
今年こそは!と思って楽しみにしています。

アロマテラピーの話をしたら、「ワークショップができるといいよね」という話になりました。
カルチャー教室はもうどこもアロマの講座があるので、そういうイベントを仕掛けられたらいいなぁと思いました。

高校時代の話にもなって、誰々は今こうだああだと報告し合いました。

もうひとつ印象に残ったのは、なっちゃんの綺麗な食事のしかた!
お皿が凄く綺麗に残さず食べる様子が目を引きました。

なっちゃんは顎下くらいのボブスタイルの裾にワンカールパーマをかけた髪型で、お人形さんみたいで凄く可愛いのです。

ほたかくんの松山1年残留(?)が決まったので、今度はジェノベーゼを食べに行きたいです。


yummydance(ヤミーダンス)は、松山出身の5人組のコンテンポラリーダンスカンパニーです。
メンバー全員で振り付け・演出をするという希有なスタイルで、松山のみならず、海外からも招聘されるというyummydance。

親戚が元メンバーなので、松山に帰ったら絶対見ようと思っていたところに、松山公演「瞼(まぶた)」開催の知らせが!

親戚がやっているコンテンポラリーダンスとは何ぞや?という疑問を解くためにも、これは見に行かないと!とチケットを取りました。

定員約100人の会場はほぼ満員。
開演ブザーは鳴らずに開演しました。
従って始まりの拍手もなしでした。

「ダンス」というと、音楽のリズムに合わせて踊るのが普通だと思うのですが、コンテンポラリーダンスでは効果音のような役割をします。

また、小道具を使うので、台詞のない演劇を見ているようでした。
使った小道具はスカーフや椅子、バケツや紙吹雪と、バラエティーに富んでいます。

途中、ひとりのダンサーを他のダンサーが蹴る真似をしたり、紙吹雪を投げつけたりと、本当に自由な表現なんだなと感じました。

ソロの場面で音楽が途切れると、ダンサーの足音や息づかいが聞こえるほど臨場感もあり、激しいダンスとともに印象に残る公演だったように思います。

松山公演は1年半ぶりだったそうなので、また見られるまでは時間があきそうですが、楽しみに待つことにします。

とうとう本厄がやってきました。
松山で迎える初めてのお正月は、午前に父方の伯母を自宅に迎え、午後に母の実家にいって祖父母と叔父夫婦に会ってきました。

今まで正月に松山に来ることがなかったので、新鮮かつ楽しいひとときを過ごすことができました。

私の年賀状は「坊っちゃん列車」と「ポンジュースの蛇口のモニュメント」にしたのですが、皆さんにはどちらが届きましたか?

いとこにはモニュメントの方が届いたそうなのですが、それを見た叔母さんが、

「ポンジュースの蛇口のモニュメントって、どこにあるんだっけ?」

……結構新しいモノなので、知らなかったらしいです。
ご存知ない方の方が多いと思いますので、ここでお知らせしておくと、

「松山城のロープウェイ乗り場の左側」

ですので、ロープウェイに乗ったついでに……と言いたいところですが、ロープウェイは現在運休しているので、モニュメントを見てからリフトに乗って松山城に登って下さいネ。

皆さんはどんなお正月を過ごされましたか?
もう1月も半ば、今週末はセンター試験ですね。

受験生の皆さん、全力を出せますように……!

母のいとこ(って私から見るとなんだっけ?)がドイツから帰ってきていると聞いて、母の6コ上の叔母さんの家に遊びに行きました。

その日、母のいとこの息子さんの初誕生を祝うパーティーを開くというので、お昼抜きでお邪魔しました。

そこで、初誕生ならではの慣習を初めて知りました。

初誕生を迎えた子にお餅を背負わせて歩かせるという慣習なのですが、皆さんは聞いたことありますか?

パーティーには母の叔母さん叔父さん夫婦に母のいとこ、母のいとこの息子さん2人に私の祖母とその妹さんと私が集い、楽しいひとときを過ごしました。

松山にやは親戚がたくさんいるので、こんな集まりもこれから多くなるのかなぁ、と嬉しくなりました。
母の実家に泊まった翌朝、食事をしてのんびり身じたくを整えていると、両親はもう新居に行く準備を整えて、出発しようとしていました。

9時に荷物が来るからそれに合わせて出るというのですが、それを前日に話してもらえていませんでした。

それならそうと言ってくれれば良かったのに、「あとから来なさい」とひとり置いてきぼりにされてしまいました。

私は住所は分かるものの、新居までの道順を知らないので、タクシーにしか乗れないのですが、お金を使いたくない、ということで祖母が運転手をつかまえてくれました。

母の実家の隣にすむ私のいとこです。

いとこの運転と祖母の案内で新居に向かうことになりましたが、途中、いとこがドライブスルーのスタバに寄りました。

いとこが注文したラベンダーアールグレイラテのカップに「D」の文字がありました。

どうやらDrive throughのDのようですが、真偽不明のままです……。

新居につくと、大物の搬入が始まっていました。

私の荷物には「n-xxx」と番号を振っておいたので、両親の寝室になる部屋にすべて運んでもらいました。

とりあえず、布団を出して寝られるスペースを確保して今日は終了です。
朝一番の松山行きはボーイング787・ドリームライナーだったのですが、私たちが乗ったのはその次の飛行機でした。

私は一眼レフを取りだし、空の写真を撮っていました。

松山に着いたら「真っ先に市役所で手続きをする」といっていたはずなのに、今晩泊まる母の実家へ向かいました。

母方の祖父母が迎えてくれ、私はすっかり伊予弁になってしまいました。

なぜ伊予弁がしゃべれるかというと、5歳まで父の実家に住んでいて、周りのひとがみんな伊予弁だったからです。

親戚に「明日香ちゃん、伊予弁うまいね~」と言われたこともあります。
まあ、母語ですからしゃべれて当然!と私は思っているのですが……。

さあ、明日は荷物の搬入です。
このくらいで、さっさと寝ます(笑)。

とうとうやってきました引っ越し当日。

3/10に遊ぶのを終えて荷造りをし始めたのですが、結局出来たダンボールは50箱(!)。

ずっと引っ越しをしていないうえ、モノを捨てずに荷造りをした結果がコレ…ちょっと多すぎでしたね。

これまで何度も引っ越しをしましたが、最初から最後まで関わるのはこれが初めてです。

引っ越し当日は戦争でした。

自分の部屋は自分で仕切るつもりが、いつの間にかコートがハンガーボックスの中に収納されていたり、指示を出す前に衣装ケースが運び出されてしまったりと、ハプニングもありました。

母親が不安定な場所にお花を置いていたせいで倒してしまい、

「こんなところに置いてんじゃないよ!!」

と啖呵を切りもしました。

荷物が全部出たのは14時頃だったと思います。

13年振りにスッカラカンになった自宅はかなり広かったです。

引っ越しは何もない部屋を出るとき、かなり切ないんですよね…。

荷物が着くのは2日後。
パソコンと一眼レフ、その他荷物に入れなかったものを両手いっぱいに持って、自宅から羽田に向かいました。

羽田で1泊して、翌朝の飛行機で生まれ故郷の松山に発ちます。

羽田では、ホテルの窓から見える駐機中の飛行機を一眼レフで撮りまくってました。

夕食を摂った中華レストランの窓からは、ボーイングの最新鋭機・787が!

一眼レフも携帯も持って行かなかったので、父親の携帯を借りて787を撮りました。

羽田空港に来ることも暫くないんだなぁ…とちょっとしんみりしていたのですが、恒例行事を思い出しました!

羽田空港で必ず食べるキハチの黒胡麻蜂蜜ソフトクリームです。

お店に行くと、夜遅かったので閉店してました…すっごく残念↓↓

松山にはキハチがないよう(未調査)なので、食べ納めしたかったのにぃ~!

代わりに南国酒家の棗月餅を買って帰りました。

これが直径10cm、厚さ2.5mmと結構な大きさ!

凄く食べごたえがあって美味しかったです。

松山に帰った様子は、また今度。
まりちゃんと別れたあと、ぶれくんが記録用DVDを買いに行くと言うので、私たちは1階の出入り口付近で待っていました。

その間、持っていた傘から金沢の雨の話をしてました。

「金沢では『弁当忘れても傘忘れるな』って格言があるよ」

と私が言うと、

「俺は傘忘れても、弁当は忘れないよ」

とイプシロンくん。
彼はお腹がすくとパフォーマンスが30%(だったよね?)ダウンしてしまうそうです。

「で、ぶれは何階に行ったの?」

とイプシロンくんが言ったので、私がフロア案内を見に行ったのですが、該当しそうな階は見つかりませんでした。

しばらくするとぶれくんが、

「結局1階にあったわ~」
とご帰還あそばしたので、ヤマダ電機をあとにしました。

二次会は、偶然辿り着いたスタバでお茶会でした。

ぶれくんはキャラメルマキアートのショット追加、あらたつくんはマンゴークリームフラペチーノ、イプシロンくんはカプチーノ、私はドリップコーヒーのプレスサービスでした。

プレスサービスとは、プレスというコーヒー器具で淹れたてのコーヒーが飲めるサービスです。
時間がかかるので、お急ぎでないときに是非頼んでみてくださいね。

そこではまず、スタバのコーリングの話になりました。

コーリングとは、注文を受けた内容をレジから作り手に伝えることで、時々凝った注文が入ると呪文料理みたいになるアレです。

アイスかホットの区別のあるところとないところ、「フラペチーノで~す」と言うところなど、お店によって違いがあるようなので要チェックです。

たわいないアレコレを話している間に、時間は16時に。

イプシロンくんがお帰りになるというので、しばしの別れです。

それからぶれくん・たっちゃんくん・私で東急ハンズへ。

ふみちゃんとのランチでもやった「東急ハンズで趣味を語る」をやりました。

表紙が4色展開のメモ帳の前で、

「4つの中から3つ選ぶ、よんしーさーん!」や、

「この中から好きな色を指差す、せーのっ!」

「うちの予備校の英語の恩師が音読を勧めてて、『数学の積分の記号が発音記号に見えてきたら音読!』って言ってたよ」

などと珍発言を繰り返した私。

バッグ売り場では、

「ウチの高校で人気だったバッグはゴルチェとポーター、それからビューティービースト、大体フォーラスで買ってるはずだよ」

とも言って、2人を苦笑させてました。

でも話している間に、ぶれくんが赤、たっちゃんくんは青が好きなことが、それからたっちゃんくんがガンダムが好きなのがわかって楽しかったです☆

3次会の会場は「炭屋」ででしたが、その様子はかなりディープだったので、ここでは伏せておくことにします。

それではまた。