夏ドラの「愛のがっこう」。スタートから興味を持ってみていました。

ホストの職業をどう捉えるか、そこに通う女たちの背景も合わせ、一般的な彼らに興味を持ったのではなく、そこに至る過程に興味を持ちました。

ホストとハイスペックな家庭に育ったお硬い職業に就いている女性との出会い、そして惹かれ合うという設定。

その女性に出会うことにより、生育歴の過程で受けた心の傷と向き合い、自ら閉ざしていた心を開いていく。これって世で行われているカウンセリングだなあと思いながら見ていました。

一方で女性の方も、親の言いなりに生きてきて、教えることにも自信を持てず、悶々と生きている。

このような出会いと大きな愛に包まれると、人は再生していくのです。

お金を出してカウンセリングを受けるより、何百倍の効果がある・・等と言ったらカウンセラーに申し訳ありませんが、一部の超一流を除いて、カウンセラーで助になるのは難しいです。

と言えるのも、私の周りでカウンセラーに助けられたという人は、残念ながら一人もいないからです。


この子が馬鹿にされると私が馬鹿だと言われている気がして、この子を愛せなかった!

母親の心の叫びを言葉として発することにより、この母親も救われました。

愛せなくて捨てる親と、私がなんとかしなくてはと思い詰め責任を感じ、子供を追い込んでいく親と、二パターンの親御さんと関わってきたので、心に残る言葉です。

このドラマのテーマは大きくは人々の愛ですが、それぞれの愛が入念に描かれていて、胸にくる場面が多くありました。


ここまで一人一人に手をかければ、人は再生していくのです。学習障害も乗り越え、各個人にフィットした仕事なり趣味なりを見出せれば、希望が持てるということではないでしょうか。


私が多くの親子と関わってきて、再生できたケースも出来なかってケースもあります。再生できなかった殆どが、親御さんの方の関係性が構築できなかったケースですが、力不足と言えばそれまでですが、頑なになっている母親や父親の考えが変われば、子どもも救われるのにと、いつも思っていました。


私の生徒たちとのコンサートで、とても上手くなってピアノを披露したASDの生徒の父親が、私に憎しみの目を向けたのが今でも忘れられません。

みっともない姿をみんなに見せてと、陰で母親を罵倒していたそうですが、なんと情けない父親でしょう!その生徒はコンサート後に私の元を去っていきました。母親はとても私に感謝してくださり、この家庭にも父親の言葉の暴力があったと感じました。

ずっと続けていたら、障がいのある子でも豊かな人生が送れたのにと、残念でなりません。

そういう多くの症例を経験してきた私には、このドラマの細やかな愛が、心に残り身に沁みました。


方向音痴にも程がありますが、私の場合、時々面白い現象が起こります。

「その場所に行ってはならぬ!」と言う暗示と言いますか神のお声と申しますか、そのお声がかかると、知っている筈の場所に辿り着けないを度々経験してきました。その時は相変わらずの方向音痴にウンザリして行くのをやめていましたが、今になって思い返せば、「行くな!」と言われていたのではないか?


あるお宅に仕事の打ち合わせと練習に通っていたことがありますが、そこはとても簡単で迷うはずもなく、駅から5分の一度曲がれば到達する筈!

ですが迷いに迷って漸く行きつけるという事態が度々起きていました。

似たような事が他の場所でも起こり、その場所は貴女にとって良からぬ、行くな!と暗示されたのが正しかったのだと、今では思っています。


仕事というのは時には我慢して好きでもない人としなくてはならないですが、お互いにそう思っていたらしく、今では関係を解消しています。


私の苦手な人は、人のことをあれこれ詮索して嫉妬する。

表面はいつもニコニコしているのに心はドス黒く。


若い時はお付き合いをしていても、既に人も断捨離です。


自分に厳しくするより優しくするほうが難しい・・と、アスリートの誰かが言っていた。

確かに、現役で練習を怠らなかった時には、自分に対して優しくする考えなど及ばなかった。ずっと厳しくあり続け、優しくすることはあり得なかった。

その時にこの言葉を聞いていたら。自分の人生は変わったであろうか?


競技を通して人生を豊かにする・・その通りである。

音楽を通して私の人生はとても豊かなものになっている。

辛い時のほうが多かったけれど、ほんの少しの瞬間の幸せ気分のために、辛い時を過ごせた気がする。


結果が数値で出てくる陸上競技はとても好きだ。そうでない種目もあれど、フェアと感じること屡々だ。

それに対し音楽の世界の主観性はどうにもならないのであろうか?

人生を左右するコンクール。これはその人の持っている運もあると考えるしかないか?



ジム帰りに毎回お寿司を食べていましたが、まあお値段も安くそれなりには美味しかったのですが、ランチでももっと美味しいお寿司が食べたいと、伊勢丹で5人しか並んでいなかったので久々に食べてきました。







初めてチラシを取ってみましたが、これがとても美味しかった。

握りでは気付かなかったシャリの美味しさが際立っていました。

満足!幸せ!




これは池袋で食べたイマイチのお寿司。

日本人でお寿司嫌いの人っているであろうか?
人形町に行きつけのお寿司屋さんがあり、屡々出掛けていましたが、最近は行かなくなり、まだ存在しているか?

昨日、西武のデパ地下リニューアルオープンに行ってきました。

お得意様限定招待としてあったのですが、長蛇の列で気分も萎えかかったけれど、珍しく並びました。


ここを曲がったら即入れると思ったのは大間違いでした。

曲がった先に更に3重の列があり、こんなにお得意様っているんかと思いながら並んでいました。




メディアも撮影に来ていました。


粗品も7階から3階まで並んでいましたが、絶対に貰うのだと並びました。

たねやの紅白饅頭で、実に美味しかった!





階段の上に何がある?広い青空に向かって階段を上ると、更に大きく拡がる。
大きく広がった空を眺めていると、チッポケな自分にも夢を与えてくれる気がする。

昨夜、世界陸上の棒高跳びで世界新記録が出た。高く高く空に向かって、少しでも高く舞おうと・・
これって人々の願望であろうか?超満員の国立競技場は固唾を飲んで見守り、興奮のるつぼとなった。その瞬間をみたいと、日付が変わろうとしているのに誰一人帰るものはいないと、実況アナウンサーも叫んでいた。
私も一人興奮した。バレーボールの惨敗でむしゃくしゃしていた心がいっぺんに晴れた。
スポーツと音楽。いつもいつも大きなエネルギーを、有難う!

大きな大会になると力を出しきれない人がいます。実力はありながら力負けしてしまう人。メンタルが弱いのか練習量が足りないのか考えすぎてしまうのか!

それはアスリート日本人トップ選手の何人かに当てはまります。

異例の集中力で難敵を倒し優勝した◯◯選手も、世界選手権やオリンピックでは気弱な感じがします。

そして最も精神的負荷がかかりそうな10秒以下で闘う競技でも、9秒台をメジャーな試合でなく出すことができても、オリンピック・世界選手権では力を一度も発揮できない。


最高の舞台で力を発揮できる人とできない人の違いは何か?


音楽の世界でも同じ事が言えると思いますが、コンクールでファイナルに残ったり賞を取る演奏家は、既に世界的に活躍をし凄い場数を踏んでいます。

彼ら自身が構築してきた音楽を、舞台の上で集中して表現することができる。それが世界のトップとしての証です。


私自身経験してきました。333の試験会場で、練習してきたことを発揮できなかったことが何回あったか!

試験曲をレッスンで弾く以外、他の場所で弾く訓練がなされていませんでした。

当時、伴奏者として舞台には立っていたので、ソロとしての経験値が足りなかったと、今更ながら思います。


やはりトップに立つには、羽生結弦さんみたいに、類まれな精神力・集中力・豊富な練習量・頭脳明晰が揃った人のみが手に入れる事が出来るのだろう。


力を発揮できない人も何が足りないのか?そのピースが埋まれば、少しは満足の行く人生が送れそうです。


幸せを感じる瞬間


その1.シャワーを浴び、キンキンに冷えた部屋に入った時


その2.夕食の支度を終え、ビールをグワ〜ッとイッキ飲みした時


その3.寝静まった夜中に、一人で好きな音楽を聴く時


どれもこれもチッポケな幸せだこと😖


番外編.ジムの更衣室に誰もいない時