皆さんこんにちは。 このシリーズ今回が最後になります。
特急しなの15号長野行。 雷鳥が発車した後。編成全体を記録。 1970年代に登場した時と同じ9両編成ですが、この時は、6両編成が基本編成となっていて 後に3両増結されていました。 しなの15号は、大阪を出ると 新大阪は通過で 次は京都に停車でした。
9番線に キハ58系の4両編成が、臨時マークで入線しました。
前2両が 臨時快速 賤が岳ホリデー号 木ノ本行・後2両が 臨時快速近江路ホリデー号 近江長岡行です。
米原で分割されていました。
近江長岡駅は、米原駅の2駅東で JR東海の駅で 米原ー大垣間の東海道本線に乗っていると 北側に 伊吹山が見えます。 その登山口までの路線バスが出ている駅です。
117系大阪止まりの快速と並びました。
環状線外回りホームから 1番線に入線した 特急エーデル鳥取 倉吉行を撮影。
基本は4両編成で 両端の展望車が指定席、真ん中2両が自由席なんですが、この日は5両に増結されていました。 真ん中2両は、正規のエーデル車ではなく、リゾート号用のキハ65になっています。
次は EF81牽引の20系ブルートレインを撮影。 ホームの番号札が 手前が2番線 EF81側が3番線になっています。 現在の位置で言うと EF81の走る線が 現在の5番線になります。
海坊主感丸出しの ナハネフ22が最後尾。 臨時寝台急行 あおもりです。 青森から日本海縦貫線を通ってきた 臨時急行で 20系特急型寝台車の老朽化により 急行あおもりに格下げとなりました 特急時代は、寝台特急日本海52号となっていました。
続いて2番線ホームに
急行幕のキハ58系が入線。急行みやづ 天橋立行です。通常は 2両編成ですが、この日は3量に増結されていました。
3番線には 20系の急行あおもりが停車中。 一昔前の国鉄時代が再現されたかのようでした。
エーデル鳥取とみやづが発車した後の 1番線に また 臨時マークの117系が入線しました。
動き出したときに 思いついてシャッターを切ったために ボケボケになってしまいました。
臨時快速 赤穂ホリデー 播州赤穂行でした。
10番線に入線していた 寝台特急なはの B個室寝台車デュエットを撮影。 臨時列車を追いかけていたので この時は ヘッドマークやテールマークは撮影せず。。。
臨時快速 世界陶芸祭 しがらき号です。 覚えている方もおられると思いますが この写真を撮った 約10日後 大きな事故が起きました。 信楽高原鉄道線内で この臨時快速と高原鉄道線内の普通列車が正面衝突事故を起こしました。 40年近く立ちますが 忘れてはならない 重大事故だと思います。
10番線 EF66-53牽引の凸凹ブルートレイン 臨時特急彗星82号新大阪行です。
テールマークは残念ながら 臨時。 しかし これはこれで レアかもしれません。
座席指定車2両 B寝台車4両の編成でした。 座席車にどれだけの需要があったのかわかりませんが、結構繁忙期は運転されていたようです。 でも座席は、 簡易リクライニングシートのままで 料金は、特急ですから 当時としても高かったような気がします。
左端が白くなっていますが、フイルム最後の一枚。
臨時特急TAPSエクスプレス 富山行 です。 姫路始発の列車で、北陸方面の観光キャンペーンにちなんで運転された 特急でした。
1991年の5月 なかなか 濃い内容の1日でした。 もしも この頃にデジカメが普及していたら パニックになっていたかもしれませんね。
というのも 先日10月12日 葬式鉄に参加してきました。あまりそういうところは避けてきたのですが、 この日はやはり特別でした。
画像の整理が済み次第 記事にしたいと思っています。
御覧頂きましてありがとうございました。














