皆さんこんにちは。 今回は、押入れ回収品ネタです。

 

1975年(昭和50年)の夏休みの家族旅行 紀伊勝浦まで行った時の帰りの特急くろしお5号の指定席券です。

私は小学校4年製の頃なので 父親が 大阪駅旅行センターで 一般周遊券を組んで申し込んだと思います。ハンコと手書きで作成されていました。

 

1975年10月号時刻表より 紀勢本線下りのページ。

真ん中の 水色のラインの列車、 名古屋発天王寺行 特急くろしお5号。1978年10月ダイヤ改正で381系電車に置き換わるまで 特急くろしお号の下り5号上り2号の1往復が、紀伊半島を全周していました。所要時間8時間23分。しかし 置き換わる直前まで 食堂車が連結されていました。 ちなみに 私の食堂車初体験がこのくろしお号で ジュースとサンドウィッチを食べさせてもらった記憶があります。

 

確か 紀伊勝浦駅。特急くろしお5号天王寺行。先頭は、非貫通の元祖特急型気動車 キハ81。 先頭車キハ81は、1960年東北本線 特急はつかり号でデビュー。最後は、この特急くろしお号で引退しました。

 

同じく 紀伊勝浦駅で キハ82使用 特急くろしお号。 気動車特急の代名詞的な存在の貫通型 キハ82は、改良型になります。

 

ところで 1975年の紀勢本線ですが、 特急くろしお号の他に 急行紀州号が2往復名古屋ー天王寺間を走行していました。 紀州号は、基本的に 名古屋ー紀伊勝浦間の急行列車で 下りの紀伊勝浦行1本は夜行列車で運転されていました。(左上のピンクのラインの列車。) (上り名古屋行は全て昼行) その横には、東京ー紀伊勝浦間を走っていた 寝台特急紀伊号も載っています。

また 黄色のラインの急行きのくに14号ですが、一番下までみていくと 途中和歌山駅で編成を分割 天王寺行ともう片方の終点は、南海難波駅でした。 南海電車 国鉄キハ26系とほぼ同じの気動車を所有していて 難波駅から和歌山市駅を経由して 国鉄和歌山駅まで2両編成で運転 和歌山で天王寺から来た 基本編成と併結して 白浜勝浦方面まで 直通運転していました。

その横で 水色の四角に囲まれた列車は、湯浅ー藤並間の国鉄線に乗り入れていた 有田鉄道の列車です。

最後に右端は 寝台車連結普通列車「南紀」号です。 普通921レ924レは名古屋ー天王寺間の普通列車、夜行区間となる 天王寺ー新宮間で B寝台車を連結して 「南紀」の愛称がついていました。 1978年10月のダイヤ改正からは 「南紀」の愛称を 名古屋ー紀伊勝浦間に新設された 特急に譲り、 「はやたま」号と改称されました。

 

紀伊勝浦駅で撮影した、多分急行紀州号。

 

新宮駅に停車する 急行きのくに5号。天王寺行。

 

これも 新宮駅だと思います。 恐らく DF50牽引の普通123レ 和歌山市行。

 

ここまでの写真は、 全てで父親が撮ってくれたもので アルバムに貼ってあったものを スマホでデジタル化しました。 

 

最後は

中学生になってから 初めて 夜行「はやたま」号にのって 南紀方面に乗り鉄に出かけた時の一枚。

まだピカピカの381系特急くろしお号です。

 

御覧頂きましてありがとうございました。