皆さんこんにちは。 

 

前回の1757Fの記事の中で、

私が このポスターが 少し残念。と 書いたことで ブロ友さんから 何が残念?とコメントをいただきました。  その返信を記入している途中で あることに気づきました。

 

以下は コメントに対する返信をもう一度加筆修正したものです。

 

「ポスターの1707号車の写真 惜別標識板の取り付け位置に違和感はありませんか? 右側の急行 大阪ー京都間デザインの看板は車掌台側についていますよね。 でも 普通電車デザインの四角い看板は 運転台側です。 ここに 最初に違和感を感じました。 
運行標識板は、基本的に全て 運転台側の向かって右側につけられています。 

これに違和感があって 誤植だ!と間違っているのではないかと直感的に思って残念と感じたんです。

1982年頃 中津駅にて 急行梅田行2811F。

1980年代の実車の京都線急行も 運転台側についていました。


しかし 記事を見てもらっても分かるとおり 

今回の1707号車の急行デザインの看板は、車掌台側についています。

 

ですが

1757号車側 特急デザインの惜別看板は、運転台側。

そして8月。

普通型デザインの角形惜別看板は、1707号車側もきちんと運転台側についていました。


ここで ふと 思い当たりました。 この黄色の入ったデザインの 急行が実際に阪急京都線を走っていたのは、確か、1970年代前半より前の時期。 そのころの画像をネットで検索したり 手元にあったこの本を見てみました。

 

 

 

 そうしたら、 そのころの画像が何点か掲載されていて Pー6や 1600系の急行の写真がありました、 なんと 1968年頃の急行だけ車掌台側についていたんです。  普通列車は運転台側 特急は 2枚看板。しかし 急行は、車掌台側でした。 (すいません。画像は 著作権があるのと思うので載せられません)なぜ 急行だけ 位置が違うのかは わかりません。
 

能勢電さんが、偶然逆につけたのではなくて これを忠実に再現をしたのなら  能勢電鉄の究極のマニアックさには、驚いてしまいます。

 もしかすると 能勢電さんは これに気づく人がいるか 鉄オタを試しているのか????

 

(公式HPで 種明かされていたら すいません。) 

あともうひとつ 残念に思ったのは、 単純になぜ ポスターの片側は1757号車ではないのかな? とも思った次第です。

 

10月に入って いよいよ 1757Fの引退までのカウントダウンが始まったようで  惜別のヘッドマークが増えて2枚看板になるようです。 記念グッズの販売も始まり 後継の7203Fのデビューも近いようです。

 

 

 

 

長々と お付き合い頂きありがとうございました。