皆さんこんにちは。 前回の記事冒頭での問いかけに対して ブロ友さん一人から正解をいただきました。
1978年10月は 国鉄秋の全国ダイヤ改正のあった年で 3月号では 昼行急行では所要時間が最長だった 根室発山線経由函館行 急行ニセコ2号は、札幌駅で分割されて 根室ー札幌間は急行狩勝4号。 札幌ー函館間は急行ニセコ4号となりました。
そこで10月号時刻表で改めて探してみると 昼行急行で 所要時間12時間を超える最長急行は 1位は 金沢ー青森間を 日本海縦貫線経由で走っていた 気動車急行しらゆき号でした。
急行しらゆき号下り 金沢9時49分発 青森22時18分着 所要時間12時間29分
上り 青森6時50分発 金沢19時17分着 所要時間12時間27分。
そして 2位は 後にさせていただいて 3位。 3位の急行は 函館ー稚内間を走る急行宗谷号。
上りの時刻表には、さんべ4号が小倉ー米子間を走る列車として乗っていますが、その次に急行あきよし号が 美祢線経由で走っていました、 この急行あきよし号 始発駅が 久大本線の天ヶ瀬駅。そこから西に向かい 日田駅から 日田彦山線を通って 小倉に出て関門海峡を越えて 山陽本線を走り美祢線経由で浜田駅までを結ぶなかなかの異色な急行でした。
急行宗谷 下り 函館11時50分発 稚内22時46分着 所要時間10時間56分
上り 稚内7時5分発 函館18時54分着 所要時間11時49分。
急行宗谷号は、12時間を切る所要時間となっていました。
さて 第2位の列車。私にとっても意外な列車でした。
1978年10月号時刻表。 山口県内山陽本線 厚狭駅と 山陰本線長門市駅とを結んでいる 美祢線の時刻表。
現在の美祢線は、2023年の豪雨災害で不通となっています。
しかし48年前は、急行が2往復走る陰陽連絡もになっていた路線でした。
その中程 水色の線で囲った列車。 急行さんべ2号3号。この列車が今回の主役です。
急行さんべ号は、山陰本線経由で 九州と山陰地方を結ぶ列車で 昼行2往復夜行1往復の3往復運転され 夜行には、B寝台車が3両連結されていました。
急行さんべ3号2号は、鳥取ー熊本を結ぶ列車で、九州内の終点というと 小倉か博多がよくあるパターンなんですが、この列車は、始発が熊本駅となっていて 博多ー熊本間の都市間連絡もになっていた急行だった様です。
急行さんべ3号 鳥取8時26分発 熊本20時35分着 所要時間12時間9分
急行さんべ2号 熊本8時46分発 鳥取21時7分着 所要時間12時間21分
気動車急行天国でもあった山陰地方ですが、山陰西部という意外なところに 超長距離急行が走っていました。
ですが、今回この列車に焦点を当てたのは別な理由で それを調べている過程で 12時間を超えていると気づきました。
山陰本線下り 米子ー門司間のページ
山陰本線上り 門司ー米子間のページ。
特に 上りの方がわかりやすいと思いますが、水色で囲った枠内 急行さんべ2号のダイヤ。
下関ー長門市間のところ、 この列車、途中で編成を分割して その列車が別な路線を走ってまた再び一緒になって終点に向かうという 異色の列車でした。
最初の美祢線を走る編成が 基本編成でグリーン車普通車指定席組み込みの編成。 山陰本線を真っ直ぐ走る編成が付属編成で 途中の米子切り離しとなっていました。
当時の鉄オタ界隈では さよなら〜こんにちは?の有名な列車でした。
文章ばかりで 申し訳ないので 急行さんべ号の写真はないのですが、代わりに気動車急行の写真を数枚。
1977年頃の山陰本線浜村駅。 上り急行だいせん4号大阪行。 家族旅行の途中で父親が撮ってくれた1枚でした。 この浜村駅は、急行さんべ3号が鳥取を出て最初に止まる駅でした。
この写真も家族旅行での一枚 やはり1979年頃の紀勢本線新宮駅での一枚。天王寺行急行きのくに号。
次は1983年の生瀬駅付近。
複線電化工事の始まった頃の写真。生瀬駅対岸の青葉台から撮影。 上り急行丹波2号大阪行。
手前の車が連なっているのが 国道176号線。そして武庫川となっています。 現在この付近は、線路もそうですが、国道176号線も改良工事が行われていて大きく変わっています。
生瀬駅を通過して宝塚に向かう 急行丹波2号。住宅の裾を右に回り込んで 武庫川を渡って 宝塚・大阪方面に向かっています。
御覧頂きましてありがとうございました。












