皆さんこんにちは。 以前の記事の山崎カーブに行った日と別な日の大阪駅での撮影。
現在とは違って開放感があった 大阪駅11番線 特急しなの15号長野行。381系9両編成。
383系に置き換えまで あと1ヶ月ほどにせまった頃です。 しかし この頃は、葬式鉄といった言葉もなく あと1ヶ月となっても 人が集まって騒ぐということありませんでした。 この日も私一人でした。
特急雷鳥15号と快速米原行の並びです。
ここで 幕回しが始まりました。
特急きらめき号。 現在ではJR九州の博多ー門司港間の特急列車ですが、1988年〜1997年頃までは 北陸線の 金沢ー米原間を結ぶ特急でした。 同区間を走る 加越号のうちの一部の列車に リニューアル改装した編成を用いて 停車駅を絞り込んだ速達版特急として走っていました。
特急かがやき号。 特急きらめき号と同じ頃 金沢地区と上越新幹線長岡駅を結ぶ 速達特急として グリーン車の連結 最大6往復運転されていました。 「かがやき号」の方は、1997年3月北越急行ほくほく線の開業により 特急はくたか号の運転開始により 廃止となりました。 現在では、北陸新幹線版 のぞみ号的な 速達列車となっていますね。
ところで なぜ大阪駅入線後幕回しが行われたかというと、 3枚目の写真 列車はスーパー雷鳥の幕になっていました、しかし、本当は、スーパーではない 普通の特急雷鳥号でした、 恐らく ヘッドマークの違いに気づいた運転士さんが 訂正されたんだと思います。 おかげで 見ることができない特急に出会えました。
やはり開放感のあった 大阪駅8番線 快速野洲行です。
先頭はクハ111-5161号車。 113系の5000番台は、JR西日本になってから 最高速度向上のためにブレーキを改良した際に改番された番台で 元番号は、161番の初期型車両でした。 恐らく 113系グループで一番最初に製造された車両で デカ目のヘッドライト 側窓は角の丸いサッシ窓。 座席間隔も狭いタイプで 国鉄時代はずっと非冷房車だったと思われます JRになってから冷房改造された為 クーラーが見慣れたかまぼこ型ではなく 分散式の小型のものが3台乗っています。
今度は 10番線に到着した 寝台特急なは 新大阪行。
牽引機はEF65-1133号機。 大阪発着の寝台特急も 数が少なくなったとはいえ 日豊本線からの 彗星号。 長崎本線からの あかつき号。 そして この なは号 とまだ 単独列車として3往復走っていました。 そして このなは号は、1996年のこの時も 西鹿児島(現在の鹿児島中央)発着の列車でした。
停車してからもう一枚。 この頃は、まだ寝台特急がなくなってしまうとは思ってもいなかったので のんびりと撮影していました。
御覧頂きましてありがとうございました。





