皆さんこんにちは。  1996年は 国鉄時代の名残もあって いろいろな車両がやってきました。

 

201系普通京都行。

 

205系普通西明石行。 普通電車だけでも 201系 205系 207系と3種類が走っていました。 103系も残っていたかな?

 

12系欧風客車ユーロライナー。 国鉄時代の1985年 名古屋鉄道管理局が改造した サロンエクスプレス東京 サロンカーなにわに次いで 3番目に登場した 欧風客車です。  この日は、団体臨時列車での運用だったようです。 1990年代は、企業や団体の貸切列車というのが 多数運転された時代でした。  私の勤める会社でも 全社定休日にして 12系座席車8両を仕立てて日帰りですが 慰安旅行に行ったこともありました。

 

特急はるか6号京都行。真っ白な車体に 4分割された前面窓周り 少しスペースシャトルを想起させるような外観は、今までにないスタイルで斬新な感じがしてました。  この281系も 登場から30年以上になりますね。

 

快速大阪行。ではなく  網干から大阪まで快速で 大阪から向日町か野洲まで回送されるようでした。 4両+7両の11両編成です。

 

今度は内側線を。

快速米原行。 こちらも11両編成ですね。 同じように見える113系ですが 先頭のクハ111じっくり見ると。ヘッドライトの大きさ、その横のタイフォンのカバーの形が違い また屋根上の通風器の形も違いました。

 

207系普通京都行。 この207系は、8両編成でした。 この頃の207系は、日中6両編成 朝夕ラッシュ時に2両増結のスタイルで運用されていました。

 

特急雷鳥15号富山行です。 ズーパー雷鳥用編成ですが、681系の登場により ノーマル雷鳥の運用にも入るようになっていました。

 

寝台特急日本海4号大阪行です。 夜行列車が サンライズブームと 団体臨時列車とはいえ 新幹線や近鉄特急で

も 夜のうちに移動できて ホテル代が浮くということで 見直されつつありますが、 でも このブルートレインのような 開放型寝台列車の復活は 時代的に難しいのでしょうね。

285系が登場したのは、 この2年後の1998年 まだ 寝台特急が多数走っている頃だったので JR東日本も巻き込んで 交直流両用タイプの585系を開発して この 大阪ー青森間 「日本海」を置き換えていたら どうなっていたのか。

 

御覧頂きましてありがとうございました。