皆さんこんにちは。 1994年の写真から 過去に記事にしておりますが、九州旅行の時に訪れた時の写真です。
最初の一枚は、寝台特急。
時刻は10時15分ごろ待避線となる3番線に停車中です。ここで 特急にちりん5号に追い抜かれ 同時に上り普通5520M杵築行との行き違い待ち合わせ中でした。
この時の旅行は仕事終了後直接 大阪駅から23時55分発の「富士」号に乗りました。 食堂車は 残念ながら前年に営業終了して売店として営業していたようです。 大分までは、B寝台1人用個室ソロに乗り 大分からはB寝台の昼寝で南宮崎に向かいました。 なぜかというと 食堂車やA個室B個室寝台車ロビーカー連結の基本編成は大分止まりで 南宮崎へはB寝台2段式のみ4両をつないだローカル特急となっていました。
7時22分に門司着、そこから6時間かけて13時35分に南宮崎に到着しました。大阪を日付の変わる直前の深夜に乗っても12時間以上もB寝台車に乗っていられるという時代でした。
その時の寝台券はもらい忘れたのですが、
マルス発券の 九州ワイド周遊券B券がありました。
その後 2泊3日の家族旅行の後 単独で撮り鉄行動に向かいました。
特急かもめ15号長崎行です。

場所は、肥前田浦駅から 駅前の道を北の方に歩いたところです。
車両は、485系5両編成で RED EXPRESS編成です。 この頃のJR九州の特急の半分?は、赤い485系が占めていました。
この後 もう少し北に移動し 長崎本線を俯瞰できる場所に出ました。
特急かもめ22号 博多行です。画面左上の方向に走っています。
続いて。
特急かもめ19号長崎行きです。
現在は、西九州新幹線が開業して特急の運転がなくなってしまった区間ですが、 かつては485系REDEXPRESSを中心に30分間隔で 「特急かもめ」 が運転されていました。 駅間の場所によっては 上下の「かもめ」で15分に一回撮影チャンスがありました。
特急かもめ21号 長崎行です。 783系ハイパーサルーン使用のかもめ号でした。 783系は、1988年登場で JR九州だけでなく JRグループ初の新型車両となりました。
特急かもめ号に運用されていた783系は、かもめ号専用編成で先頭車の運転室側の帯が青色になっていました。
特急かもめ20号 博多行です。 後追いだったんで 油断していて走行音で気付いた時には 目前に来ていて 編成全体を入れる事が出来ませんでした。。。
当時の特急かもめ号は、 肥前山口(現在の江北)まで 佐世保行特急みどり号と併結運転する系統と 特急かもめ号単独で 博多ー長崎間運転の系統と1時間に各1本 合わせて30分間隔で運転されていました。 併結運転の 特急かもめは、基本的に485系5両編成。 単独運転の特急かもめ号は、787系783系や485系の7両編成が使用されていました。
この頃の787系は 特急かもめ号では5往復に運用されていて 787系の特徴だった ビュフェも営業していました。 後から4両目が ビュッフェ車のサハシ787でした。
駅への帰り道。
特急かもめ22号 博多行です。
かもめ22号は 肥前山口で 特急みどりと併結されて 485系の9両編成で博多に向かっていました。
まだ 陽が高かったので もう少し撮影できたのでしょうが、この後も何箇所かいく予定で フイルムの在庫も乏しく 引き上げました。
御覧頂きましてありがとうございました。

















