皆さんこんにちは。

 

山陰線ホームにやってきました。 現在の駅ビル下31番線になります。

特急あさしお1号倉吉行きです。 発車直前 エンジンの空ぶかし?? 排気煙を豪快に吹き上げています。 キハ181系8両編成でした。

 

隣に 東舞鶴駅始発の 特急あさしお2号が到着して 並びました。折り返しは、10時発の特急あさしお3号になります。

 

奥の113系は 普通園部行です。 

現在とは、配線やホームの呼称が変わっています。 この当時は、電化区間の愛称の嵯峨野線をとって嵯峨野1番〜4番ホームと呼んでいました。 2番線の番線札 嵯峨野の下に 小さく山陰と書いてあります。 JRになる前国鉄時代は、山陰1番2番と呼ばれ1面2線だけでした。 現在は キハ181系が止まるところが 31番32番線。 奥の113系のところが33番線と呼ばれています。

 

9時丁度に あさしお1号が発車して行き 改めてもう1枚。10時発の特急あさしお3号 舞鶴線 北近畿タンゴ鉄道線経由 城崎行きです。 3回も進行方向が変わる ジグザグ特急で 1978年ごろには、 この3号の運転経路が 先発の1号で 次発の2号が 山陰本線を真っ直ぐ走る 倉吉行きでした。 ということで 豊岡 城崎には、次発の特急あさしお2号が先に着く 特急が特急を追い抜くと話題になっていました。 推理小説のネタにもなっていたような。

 

奈良線8・9番線に移動。

左 9番線 普通奈良行は、当時の奈良線の主力車両105系2両編成。 

 

117系の4両編成も運用に入っていました。

 

奈良線に気を取られていたら 到着していました。

 

臨時寝台急行 東北夏祭り号 大阪行です。 1990年代 秋田の竿燈まつり と青森のねぶた祭が重なる 8月上旬の3〜4日間ぐらいにのみ 大阪ー青森間で運転されていました。

ナマハゲ? 歌舞伎役者のような面を モチーフにした専用のヘッドマークがついていました。

 

臨時特急マリンくろしお3号 白浜行です。 スーパーくろしお編成の1号が発車してから 30分後です。

 

関西の海水浴場のメッカ 白浜。 1990年代は、かなりの観光客が押し寄せていたようで、臨時のマリンくろしお2往復以外にも 新大阪や天王寺からも臨時くろしおが増発されて 定期臨時合わせて 天王寺駅からは9時~10時台に約15分間隔の特急が運転されていました。

 

再び山陰線ホームに

右は、特急あさしお3号。 左は、先発 9時30分発の 特急タンゴエクスプローラー1号 舞鶴線 北近畿タンゴ鉄道線経由の 久美浜行きです。

 

発車した 特急タンゴエクスプローラー1号。 3両編成で混雑するために 特急あさしお号に続行に近いダイヤが組まれていました。

 

タンゴエクスプローラーと入れ違いに 嵯峨野2番線に 折り返し臨時特急マリンあさしお号となる編成が入線してきました。

 

嵯峨野3番線の、特急あさしお3号 と並びました。 キハ181系天国!!

 

9時37分発の 臨時特急マリンあさしお 舞鶴線経由 小浜行です。 4両編成の全席指定列車でした。 当時の 小浜線には、敦賀方 舞鶴方から、それぞれ 2本の臨時列車が乗り入れていました。

小浜方からは、大阪駅から出ていた湖西線経由の急行マリン若狭・高浜1号と3号。 舞鶴方からは この特急マリンあさしお号と  大阪駅から福知山線経由のマリンエーデル高浜だったかと。 マリンエーデル高浜は エーデル北近畿7号の東舞鶴編成が 延長運転されていました。

 

車止め側から もう一枚並びを撮影。山陰線ホームを離れました。

 

2番線から撮影。 この日最後の撮影。

臨時特急白山83号 富山経由 上野行 ではありません。 すいません。

臨時特急雷鳥83号 富山行です。 大阪駅の中線で早朝から待機していた編成です。

 

関西地区では滅多に見られない白山色の489系、すっきりとした写真が撮れました。

この雷鳥83号は、 定期の雷鳥15号の4分後を ピタッと影のように走り続け 同じ駅に止まって 富山到着も4分後となっていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。