皆さん こんにちは。 ニセコ2号を調べているときに こういう列車があったのを思い出しました。

 

1978年 北海道には たくさんのローカル線がありました その一つに 洞爺湖の東側を 倶知安と伊達紋別を結ぶ 胆振線という路線がありました。

その線にも 札幌とを結ぶ急行列車が 1往復走っていました。 名称を 急行 いぶり と言いました。

札幌を12時20分発車。岩内線岩内行・函館本線上目名行 急行らいでん2号と急行いぶり との3階建て列車でした。 小沢で岩内行を切り離し 倶知安と上目名行きと別れ 胆振線に入りました。 胆振線に入っても 普通列車に格下げされずに 急行列車として走り 室蘭本線の伊達紋別に到着。

 

伊達紋別からは 洞爺からきた 急行ちとせ9号と併結。 途中東室蘭で 室蘭からきた車両とも連結され またまた3階建て列車になって 札幌に向かいました。 札幌には19時20分の到着で 7時間かけて北海道中央部の大環状線を 1周していました。 当時は、鉄道雑誌などでは よく記事で見かけたものでした。

 

もちろん 反対方向も存在しました。

札幌を11時10分に 急行ちとせ4号と併結されて発車。東室蘭行 と 洞爺行きと別れて 胆振線に

倶知安からは、やはり急行らいでん3号と逆パターンで併結されて 札幌に向かいました。 札幌には17時44分着で 所要6時間34分。反対方向とは、30分の違いがありました。

 

余談ですが、 時刻表の欄外には、駅弁の案内が載っていて 実際に旅行に出た時の参考にしたりしていたのですが、 右下の水色の円内には、 どんぶりにそば のマークがあって 函館 長万部 倶知安 小樽とあります。 ホームにあるというのをしめしていたのかまでは 定かではないですが、駅蕎麦が食べれるというのもわかったようです。  当時は、今みたいに コンビニが 全国津々浦々にあることはなく 貧乏乗り鉄旅の場合は、キオスクと駅弁と駅そば、が必須アイテムでした。 そして 車中連泊などの場合は、駅近の銭湯を利用して さっぱり。 例え夜行列車があっても 今ではそんなことをする 元気はないですが、 苦行でしたが やはり良い思い出ですね。

 

御覧頂きましてありがとうございました。