皆さんこんにちは。新疋田駅編 最終回です。 撮影を始めて 2時間あまりが経ち 少し陽が傾き始めてきました。

 

少し慌ててしまって ピンボケ。

特急スーパー雷鳥32号 大阪行です。

 

最後尾は 先頭車改造貫通形のクハ480。平べったい特急マークが特徴で、これも珍しいのかなと思います。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)27号富山行です。量産車がそろい この時には一日8往復運転されていた681系車両。 時刻表の表記では サンダーバードは、(括弧)で記載され 列車名というより 681系の愛称的感じで  長い列車名となっていました。 この27号は、2桁号数なので 681系使用ですが 停車駅の多い通常タイプの雷鳥号でした。

 

ここで トイレに行くために 駅に戻りました。

臨時特急雷鳥86号 大阪行きです。  681系登場で余剰気味のスーパー雷鳥編成が 多数の臨時列車に充当されていました。

 

臨時特急雷鳥89号金沢行です。 4分間で 上下の臨時雷鳥が行きかいました。

 

当時の特急雷鳥系統は、最大で定期列車が30分に1本の運転。そこにこの日は、1時間に1本ぐらいの臨時列車が運転されていて しらさぎ系統も含めると、本当に485系特急列車天国でした。

 

普通232M長浜行です。 やっと来ました。 クハネ581改造の先頭車クハ419。 塗装も変わり片側2扉に改造されましたが、寝台特急の貫禄を十分感じられました。

近郊型改造に伴い 貫通扉は溶接されて塞がれ 特急マークは撤去。 ヘッドマークの部分には、TOWN トレイン専用のホームベース型のものがつけられていました。

 

特急しらさぎ9号富山行です。 先の雷鳥89号から10分後です。 ボンネットしらさぎもゲットしました。

 

下り方面の普通敦賀行151Mです。先頭は、中間車モハネ582改造のクモハ419。

583系時代は、乗降口は片側1ヶ所でしたが、419系では、乗降時間短縮の為に2ヶ所に増設。 車体の関係からか 寝台特急時代と同じ狭い折り戸形状の扉となりました。 側窓は、換気を考慮して 一部が、下段上昇 上段下降の開閉できる窓になっていました。

 

後は、ゲンコツスタイルのクハ419。 上下列車で、連続でクハ419を撮れて ラッキーでした。

秋の陽も傾き 山の陰になってきて 撮りづらくなってきましたが、撮影意欲は落ちず もう少し粘りました。

 

臨時特急雷鳥94号大阪行です。この列車は、福井始発でした。80番台を使い切り 90番代を使うぐらいに最大限の増発が行われていたようで この時間帯、しらさぎも含めて 約10分毎に 上り特急が通過しました。

 

特急雷鳥29号富山行です。 後ろから2両目のサシ481改造のサロ481ー2000番台、食堂車時代の厨房があった部分が、カウンター付きのラウンジになっていました。ただ この頃は営業していなかったと思います。 特急しらさぎ号に転用された際に 編成から外されて廃車になっています。

 

上下の特急の間隔が少し開いたところで 再びカーブの踏切付近に戻りました。

特急雷鳥34号大阪行です。 新潟始発で、JR東日本車がやってきました。 しかも 先頭は、ヘッドライト2灯の1500番台でした。 4つ目のヘッドライトが まぶしいですねえ。

 

後ろは、ボンネット車。 大阪駅では、白鳥で撮る事が多かった JR東日本車でしたが、この日は雷鳥で記録できました。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)36号大阪行です。まだ 新鮮だった681系。 このカーブでこの日最初で最後に撮影できました。 

 

西日に 明るいグレーの車体が 輝いていました。  この681系を撮って 駅に戻り 帰途に着くことにしました。

 

特急加越3号金沢行です。 駅に戻っても 帰りの普通電車がくるまで 撮影続行。

 

上りの特急 3連チャンです。

特急しらさぎ12号名古屋行です。 この列車は 和倉温泉始発で 当時は、和倉温泉直通の特急しらさぎ号も1日1往復運転されていました。   

 

続いて4分後 特急雷鳥38号大阪行です。  バックの山々は西日に照らされていますが 線路は山

影になってしまっています。

 

そして最後の一枚。

その5分後 この日の最後は、臨時特急しらさぎ84号 名古屋行です。 背後の山も暗くなり撮影も限界になりました。 しかし、ホームに戻った 20分間だけでも 4本の特急が撮影できました。

 

この日は、新疋田駅に4時間半近く滞在して 本当に大満足の一日でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 新疋田駅付近での撮影の続きです。

 

カーブの向こうから 食パンマンがやってきました。普通230Mの長浜行です。

 

583系特急形寝台電車を改造した 近郊形419系電車。九州方面の関西発寝台特急の縮小によって余剰になった 583系を地方の普通電車の増発用に転用することになりました。 

 

先頭車は、中間車サハネ581改造のクハ418。 103系みたいな 非貫通の正面窓に屋根が高いので 大きなおでこが特徴になります。 15編成存在した北陸地区の419系のうち、クモハ419 15両とクハ418の9両が、中間車改造タイプの先頭車となり、 本来の先頭車のクハ581改造の 583系の面影のあるクハ419は、6両しか無く、特急形が先頭の編成を撮る方が、難しい感じでした。車内は、寝台特急時代のゆったりしたボックスシートが残っていました。

 

230Mが去った直後に踏切がなり EF81-33号機の単機回送がやってきました。

 

EF81-143牽引の上り貨物列車がやってきました。

 

目一杯手前で機関車を撮っても最後尾はカーブの向こうでした。

 

特急雷鳥25号新潟行です。 新潟行の雷鳥ですが、JR西日本所属の車両の場合は、国鉄特急色でした。

 

特急雷鳥30号 大阪行です。  変化を求めて少し望遠気味に構えて 後ろが入るのを待っていたら 前が柱に掛かってしまいました。  編成両数を意識していたわけではないのですが、 この列車 中間に白山色のモハユニットが増結されて11両編成となっていました。  現在の681系や683系の増結は、3両の付属編成を連結しますが、485系の場合、付属編成を増結ではなく 車庫で 編成を外して中間にモハユニットやサハを連結していました。

 

後も撮影。 しかし、肝心の増結ユニットは柱の陰でわからず。 ヘッドマークもカバーが汚れており何とも悲しい結果になりました。

 

特急加越1号 金沢行です。

 

特急加越号は、 米原ー金沢間に7往復の運転で 主に 金沢から東京方面への利用を想定したダイヤになっていました。上り列車は7本のうち5本が、金沢発の午前中に運転。  逆に東京からのひかり号に連絡する 下り加越7本は、この1号が米原発12時10分と午後からの運転となっていました。 

また 特急しらさぎ号の場合は、名古屋から北陸方面への利用を重視したダイヤで 午前中は北陸方面 午後からは名古屋方面への列車が多い感じでした。

 

臨時特急しらさぎ82号名古屋行きです。 


特急しらさぎ号は 基本的に雷鳥と同じの9両編成が基本でしたが、臨時だったのか、加越号用7両編成できました。

 

しらさぎ82号通過の5分後 特急加越8号米原行きです。 ほぼ続行運転ですね。 米原で東海道新幹線利用の乗客に向けて14両編成の特急を運転していた感じです。

 

後ろは、ボンネット車でした。 大きな 「加越」の ヘッドマークはいいですねえ。 好きなヘッドマークの一つでしたが、大阪では縁のない列車で撮影の機会も少なかったので 唯一この時に ボンネットもとれて良かったです。

 

この日は、9月23日の秋分の日。臨時特急が多数運転されていて かなり密度が濃い撮り鉄模様となっていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 豊中駅を観察後 川西能勢口駅に向かいました。

能勢電、阪急電車系列の最古参 1757Fの勇姿を見に行きました。

 

 
能勢電では、毎年この卒業シーズンに、門出を祝う企画として 祝電を運行しています。 今年の列車は、1757F
で HPに運行スケジュールも公開されています。 なかなか 沿線に出向く機会がないので 撮り逃さないようにヘッドマークだけでも記録しに行きました。
 
ヘッドマークは、HPにもありましたが、沿線の学校から公募で選ばれたデザインの 4枚が掲出されています。
 
 

 

前後で違うデザインですが、2枚看板になっています。

 

各車両の真ん中の乗降口脇には、ステッカー、扉上には、「おめでとうございます」のメッセージ。車内にもポスターが掲示されていました。

 

この後30分だけ時間があったので 宝塚方で撮影しました。

能勢電回送 7202F。 阪急雲雀丘花屋敷車庫での検査を受けて戻ってきたところです。

 

急行大阪梅田行5106F。 しばらく休車状態だった 5106Fが運用に復帰していました。

 

もうこれが最後になるかもしれません。

 

フルマルーン復刻もいいですが オリジナルが一番ですね。

 

急行大阪梅田行 1004F。 カービィー号。 約半年間 走っていた カービィー号もいよいよ最後今月3月17日までとなっています。

 

普通大阪梅田行9009F さくらヘッドマーク。

 

普通雲雀丘花屋敷行 6006F。 撮影したのは、17時頃 日没まで1時間ぐらい、ほぼ完全逆光だったんですが、最近のデジカメに任せていると ギラギラしつつもいい感じになっているかなと 自画自賛しています。

 

急行大阪梅田行 8004F。 ただ 駅先端には行けないので 35mm換算で 200mmぐらいの望遠ズームが入りますが。

 

急行宝塚行7002F。 最近宝塚線に転属した編成ですね。 私は、てっきり7004Fみたいに6両編成化して今津北線運用に入るのかと思っていました。  

 

急行大阪梅田行 6007F。

 

普通大阪梅田行 9001F。 今年の「さくら」ヘッドマークは、 水色が入って 従来とは印象が変わったデザインですね。

 

普通大阪梅田行 6013F。 そろそろ帰ろうとしたら 出庫してきました。。。。慌てて撮影。 おまけに 隣に1757Fも止まっているし。。。。 フル丸の並びが撮れたのに。。。

 

フル丸の並びというと 祝電を撮る前に。

能勢電普通日生中央行5148Fと 急行大阪梅田行 5128F。この後 5128Fが若干遅れていたので 同時発車していました。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 3月11日の水曜日 豊中駅に工事の様子を見に行ってきました。

 

と その前に 豊中駅には、十三から急行で行ったのですが、その途中曽根駅を通過する際、左手車窓に。

解体中のダイエー曽根店。 曽根駅の東側には、1971年に開業した ダイエー曽根店がありました。 しかし 耐震性不足と老朽化で建物は解体することに 店は 2025年の7月31日で閉店していました。

6階のレストランフロアーが開業当時のままだったので 昭和レトロで話題にもなっていました。

 

豊中駅に到着しました。 宝塚方。 

 

まだ 仮柵で封鎖されておらず先端まで行けました。  宝塚方には、旧喫煙スペース?があるので 仮柵ができると 厳しくなりますね。

 

梅田方もまだ仮柵は設置されていませんでした。

 

ここで この目印の位置から撮影してみました。

普通大阪梅田行8005F。 正確ではないですが、35mmフイルム換算で 200mm前後の望遠で撮影しています。

 

普通雲雀丘花屋敷行6011F。

 

急行宝塚行1004F。 午後からは、撮影スポットになりそうです。

 

工事の完了は、今年の7月になります。塚口駅の工事の流れを考えると 遅くとももうそろそろ 仮柵が置かれて 4月の終わりには、ホーム柵が設置されそうです。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 

 

普通143M 福井行です。 元急行形の交直流475系電車です。 現在は、敦賀まで直流電化されているので 日中は1時間に1本223系や225系の新快速が走るんですが、 当時は、まだ交流電化のままで 普通列車は、この475 系や419系が走っていました。

 

いよいよ、カーブで撮影開始。最初の列車は、普通230M長浜行です。143Mと同じ475系の3両編成で 当時の普通電車は、日中2時間に1本ぐらいの運転でした。

 

前後で違う色のヘッドマークは、「TOWNトレイン」 国鉄時代の末期、それまで8両編成ぐらいの長い編成で1~2時間に1本運転されていた普通電車を短編成化して 地方でも 高頻度の国電型ダイヤを目指して運転開始された普通電車が全国の主要都市付近で設定されました。 北陸地方 金沢付近を中心に走る列車には、 TOWNトレインのヘッドマークがつけられていました。

 

次は、この日のメイン列車。

寝台特急トワイライトエクスプレス 札幌行です。 大阪を発車して1時間半ほどが経ち 丁度、食堂車では、ランチの時間でしょうか。  

大阪発の下り列車は、13時〜16時まで オムライスやカレーライス中心のランチ営業があったそうです。  この下り トワイライトエクスプレスは、 朝昼夕と3食を提供していた 数少ない列車だったそうです。

 

 

特急しらさぎ7号 富山行です。 ボンネット車が来ました。  敦賀駅で 先行していた トワイライトエクスプレスを追い越していました。 

 

 

特急しらさぎ8号 名古屋行です。 富山行の7号が行った 10分後ぐらいに来ました。7号は、7両でしたが、こちらは、長い9両編成、  この場所で国鉄色特急を記録したのは 最高の思い出になりました。

連写しました。先頭車は、非貫通型300番台のクハ481。  200番台に比べて少しヘッドマークが大きくなります。

 

後ろのクハ481も 300番台。 私は、 スマートな300番台が 国鉄型の中でもお気に入りの方でした。

 

臨時特急雷鳥84号 大阪行です。 ボンネットが来ました。 これも1枚は撮っておきたい光景でした。

この日は、祝日で 上下共に臨時列車が多数運転されていましたが

 撮影していたのは、私を含めて3人ぐらいでした。

後ろもボンネット車・ 1964年の運転開始から 40年以上 しらさぎ号と ともに いつも見られていた光景でした。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)5号 富山/和倉温泉行です。

 

この頃の681系は 新型のまだ珍しい車両といった感じで 大体2時間おきに1本運転されていました、「サンダーバード」は、まだ列車名ではなくて 681系についていた愛称でした。

 

1996年も 北陸新幹線開業後の現在も運転本数的には あまり替わらないと思いますが、 485系のバリエーションが豊かだった1996年の方が、撮影するには 楽しく変化がありました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回からは、30年前 1996年に有名撮影地に行った時の画像です。

 

この日は、大阪駅を9時ぐらいに出発して 湖西線を通って敦賀駅に来ました。 そこで雑誌の記事で知った この団体列車を撮りました。 

JR西日本金沢支社のジョイフルトレインだった キハ65系改造のゴールデンエクスプレスアストル。

 

両端の先頭車2両で 特急雷鳥に併結されて 大阪まで 臨時特急で顔を出すこともありましたが、普段は、中間にキロ29改造の半室ラウンジ車を連結して 北陸地区中心に団体臨時列車で走っていました。

 

普通電車で 一駅戻って いよいよ新疋田駅にて撮影開始。

特急雷鳥26号大阪行です。 下り線ホームの中程で撮影。

 

特急きらめき1号 金沢行。 

 

特急きらめき号は、米原ー金沢間の特急列車で 米原ー金沢間 福井駅のみ停車で 同区間を走っていた特急加越号の速達版でした。 専用塗装のグレードアップ車が使用されていました。 1988年に運転開始。 しかし、あまり 利用が伸びず、加越号に統合されて1997年に廃止されました。

この「きらめき」という列車名は、現在JR九州の北九州地区を走る特急列車で使用されていますね。

 

次に来た列車は、「きらめき」の先輩の列車。

特急加越6号米原行です。 かなり地味な特急というとおこられるかもしれませんが。 新幹線に連絡していた 米原-金沢間の特急列車です。 

ヘッドマークは、夕焼けの東尋坊をイメージしたもので 印象に残るマークでした。 

 

加賀と越前へ向かっていた「加越」の名称は、485系の引退とともに 名古屋からの特急しらさぎ号に統合されて消滅しました。

 

特急雷鳥23号 新潟行です。JR東日本車 上沼垂色の485系でした。

 

後ろのクハ481は、北海道帰りの1500番台でした。JR東日本の車体ですが この雷鳥マークも似合っていますね。

 

ここで 駅構内を出て 駅の端にある踏切付近に向かいました。 もしかすると 現在は撮影禁止になっているエリアかもしれません。

 

臨時特急雷鳥85号 富山行です。 カーブの手前の踏切付近まで来て 踏切がなりだしたので 慌てて撮影しました。 偶然にもすすきの間で ヘッドマークが撮れました。 パノラマ編成でしたが、 列車は、通常の雷鳥号の臨時として運転。 ヘッドマークも通常タイプでした。

 

後は、標識が刺さりました。。。 681系の量産車が走り始めると それまでの速達タイプのスーパー雷鳥号は、681系に置き換えられ スーパー雷鳥(サンダーバード)として運転されるようになりました。グレードアップ改装されたパノラマグリーン車編成は、通常の雷鳥の運用を担うようになりました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、宝塚線内での撮影分です。 

 

まずは 川西能勢口駅。 所用の合気時間に30分ほど撮影しました。

普通梅田行 5104F。 微妙にフルマルーンの並び。

 

快速急行梅田行 6003F。

 

普通梅田行 8005F。

 

快速急行梅田行 6000F。

 

普通梅田行 3074F。

 

快速急行梅田行 5128F。 コンデジになって  撮影しやすくなったので 快速急行をサクサクっと記録しました。

 

別な日 岡町駅にて。

普通梅田行 5128F。 

 

快速急行梅田行 6003F。

 

快速急行梅田行 6013F。今年 フルマルーンに復元された編成です。

この時は、20年後 フルマルーンを懐かしむ企画がでるとは 思いませんでした。

 

続いて 豊中駅にて。

普通宝塚行 3066F。 そういえば ネットの目撃情報では、そろそろ この位置にも仮柵ができて 望遠ではないと撮影できなくなるようだと 見ました。  仮柵ができたら また記事にします。

 

快速急行梅田行 3074F。

 

快速急行宝塚行6003F。

 

快速急行梅田行 5108F。 この編成は、能勢電でまだまだ活躍していきそうです。

 

普通梅田行 6012F。 

 

快速急行梅田行5100F。

 

普通梅田行 5146F。 5100系のラストナンバー編成。 この編成も能勢電に。

 

普通宝塚行5136F。 この編成も能勢電。 能勢電1757Fが 阪急時代から合わせて 60年以上走ったことを踏まえると この5100系も能勢電で 2030年代後半までは、走らせてくれそうですね。それでも あと10年ですか。。。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 2006年の阪急電車 今回は 梅田駅での撮影です。 フルマルーンの残っていた 京都線と宝塚線が中心です。

 

と その前に。

先日の阪急電車携帯サイトの トップページ。  3323Fも準特急。 阪急電車公式様も かなりマニアックな方なのかも

 

特急河原町行 6350F。 最初 アイボリーの帯は、6300系の特急型としての象徴だと思っていたんですが。

 

同時発車の 快速急行宝塚行5128F。

折り返し 特急河原町行 9302F。 当時も日中の特急は 10分間隔運転。 すぐに次の特急が到着しました。

 

普通宝塚行 3060F。 ヘッドマークは、ICカード PITAPA のIC定期券開始PRです。

 

急行河原町行 3330F。 現在では ほぼ壊滅した3300系の優等列車運用も日常的に走っていました。

 

 

普通北千里行5313F。 5300系も半数が8両編成でした。

 

折り返し 普通高槻市行 3318F。検査明け パンタグラフが銀色に輝いています。

 そういえば、3300系が引退してしまうと、阪急線内からは 菱形パンタグラフも消滅してしまいますね。

残るは、能勢電1757Fのみ。 それも風前の灯。

 

快速急行宝塚行 6004F。

 


特急河原町行 6353F。  6000系7000系7300系は、フルマルーンで製造されましたが、8000系で 車体もフルモデルチェンジ。 新しい阪急の象徴としてアイボリーの帯が採用されたらしいです。 噂では、マルーンからの脱皮も検討されていたとか。

 

普通宝塚行 5108F。

 

急行河原町行 3314F。

 

快速急行宝塚行5106F。

 

引いて撮影。 左から1号線 6353F特急 2号線3326F急行 の河原町行。 3号線8333F+8314F普通北千里行。 4号線快速急行宝塚行 5106F。

 

発車した 快速急行宝塚行 5106F。

 

ギリ 3線同時発車。

 

普通宝塚行 6002F。 まだ 車籍が阪急時代の頃です。

 

急行河原町行 3326F。

 

折り返し 普通宝塚行 8006F。

 

折り返し 急行河原町行 5301F。 20年前は、京都線急行も日中10分間隔運転。 緑の準急幕の方が珍しい存在でした。

 

快速急行宝塚行8030F+7024F+7026F。

 

普通北千里行 8333F+8314F。

 

普通高槻市行 2317F。 この日の最後に 初代2300系が来ました。 2006年で 初代2300系は7両編成5本が存在 毎日梅田駅まで来ていました。  菱形パンタグラフ2台は 今思うとかなりしびれますねえ。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、2006年の阪急電車はどうだったか お届けします。

 

十三駅での撮影です。

特急梅田行9302F。 2005年10月に運用開始の編成です。

 

宝塚線 普通梅田行。宝塚線の3000系はスカート付でした。

 

京都線急行梅田行 7321F。2006年の京都線急行は、十三、淡路、南茨木、茨木市、高槻市から各駅でした。

この急行は、2007年に南方、上新庄停車で 準急となって現在に至っています。

 

宝塚線快速急行梅田行。当時の宝塚線の日中ダイヤでは、優等列車は、山本〜宝塚間通過の快速急行が運転されていました。

 

特急河原町行6330F。 9300系も3編成導入されていましたが、まだ6300系も全編成が健在でした。

 

特急新開地行 7008F。7008Fも全面は登場時の姿でした。

 

快速急行宝塚行6008F。

 

普通三宮行 3062F。

 

普通北千里行 3327F。まだまだ 各線3000系3300系が多数活躍。

 

特急梅田行 6350F。 西国七福神ヘッドマーク。

普通梅田行6011F。

 

急行梅田行 8315F。

 

快速急行宝塚行5108F。

 

特急新開地行7006F。 まさか この編成が 京とれいん 雅洛になってしまうとは。

 

普通宝塚行 3064F。 現在では 早朝ぐらいしか運転されない 普通宝塚行ですが、2006年は、日中10分間隔で運転されていました。

 

快速急行宝塚行 7011F。

 

快速急行宝塚行 5132F。  5100系でも この5132号車以降は、2丁パンタになってフルマルーンのカッコいい姿が好きでした。もう一度本線で走らないですかねえ。

 

帰りの川西能勢口駅で

快速急行梅田行5100F。 5100系トップナンバーの快速急行も撮っていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 2006年は、仕事に家族に忙しく 遠くに撮り鉄に行くことがほとんどありませんでした。 必然的に近場での撮影中心に。

 

201系 環状線外回り。 

 

アニメとのコラボトレインとなっていました。

 

普通京橋行。  USJラッピング編成第1号の パワーオブハリウッド号です。

 

普通天王寺行。 奈良国立博物館で開催されていた 正倉院展PRヘッドマーク。

 

普通天王寺行。 201系スカイブルー時代の8両貫通編成でした 引退間際にこんな編成が走っていたら。パニックになっているかもしれませんね。

 

103系普通京橋行。 この頃は見慣れた103系も もう撮れません。

 

関空・紀州路快速 大阪・京橋行。紀州路快速が運転開始した、2000年代初めは、日根野電車区の223系は、3両編と5両編成の2本併結の8両編成で運転されていました、 関空快速と紀州路快速の併結運転は今と同じですが、3両と5両が存在するので 時間帯によって 関空快速と紀州路快速の編成が入れ替わっていました。

また 当時の関空・紀州路快速は、全て京橋で折り返し そして 大阪ー京橋間も通過運転していました。

 

普通須磨行。 まだまだ明るい大阪駅での一枚。

 

321系普通高槻行。 新旧交替の並び。

 

まだ4+4の併結編成も走っていました。

 

環状線外回り 京橋・鶴橋方面行。 朝のラッシュ時間帯に環状線に直通してきた 関西本線(大和路線)のウグイス色の103系がそのまま環状運転の運用についていました。

ということで オレンジ1色だった 大阪環状線も2000年前後は、色とりどりの103系や201系が走っていました。

 

特急はまかぜ3号香住行。 閑散期は、4両で寂しくなりました。

 

明るい頃の大阪駅で321系も記録。まだまだ新型だったので珍しいのもありました。

 

4番線に突然 ローズピンクのEF81−107号機が入線。

 

JR西日本金沢支社のジョイフルトレイン わくわく団らん でした。  この日も私以外誰も撮影していませんでした。

 

特急北近畿7号城崎温泉行。 4両+3両の7両編成。 主に 山陰本線の 京都から 舞鶴方面と城崎方面への特急きのさき+特急まいづるの併結運用についていた編成ですが、2往復ほど 特急北近畿号での運用がありました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。