皆さん こんにちは。  今回は、前後の旅程がはっきりとしないのですが、東京で撮影した写真です。 川口駅としていますが、もしかすると勘違いかもしれません。

 

朝7時頃に撮影開始。

EF65-1042号機牽引の貨物列車。 現在は、貨物といえば 直接箱ごと積み下ろしできるコンテナだけですが、以前は、車体の中央に両開きの扉がある車両に 荷物を積み込むスタイルが主流でした。

EF65-1000番台の牽引機も 下枠交差型ではなくて 菱形パンタグラフでした。

 

高崎線 上り普通上野行です。当時のJR東日本の近郊型の主流は211系。上野発着の関東北部からの普通列車には、基本普通車ばかりの5両編成を 2〜3本併結の10両か15両編成で運用されていました。

 関西の人間なので 土地勘がないのですが、3複線区間で右端の2線が、東北本線。真ん中の2線が高崎線。 左端の2線が京浜東北線の線路だったと思います。

 

新特急草津1号 万座・鹿沢口行です。

185系200番台車。 東北新幹線が 大宮駅始発で暫定開業した際1982年に、おもに上野から大宮まで連絡するシャトル列車用に登場しました。 新幹線が上野まで開業後は、東京地区と関東北部近郊を結ぶ特急列車に転用されました。その際 座席が転換シートだったことを考慮したのかしなかったのか、 特急料金を少し安く設定した 新特急という種別?を設定して 走り始めました。

 

新特急谷川1号水上行です。  185系200番台は、基本グリーン車1両普通車6両の7両編成で 新幹線リレー号の運用の際は、2編成併結の14両編成で運用されていました。  その後 新特急になってからは、各方面に7両編成で運用されて 上野ー新前橋間等では 併結される列車がありました。

写真の200番台は、リニューアル改装を受けた編成です。 改装と共に ヘッドマークも土地をイメージしたデザインから抽象的なデザインに変更されていました。

 

 

京浜東北線 普通大宮行。 209系通勤型電車 JR東日本が 103系置き換え用に開発した通勤型電車で  この後のJR東日本の通勤 近郊型電車の基礎となった系列ですね。

 

高崎線 普通上野行。 1985年 211系が登場した時、てっきり 近畿圏でも113系の置き換えが211系で始まるかと思ったら 何もおきないまま 1987年JR西日本が誕生 いきなり221系がデビューして びっくりした覚えがあります。

 

京浜東北線 普通大宮行。 水色の103系というと 大阪では 普通高槻行とか西明石行のイメージだったんですけど 関東では、京浜東北線でしたね。

 

特急あさま3号長野行です。

 

またまた 高崎線上り 普通上野行。211系を普段見られないので ついついシャッター押しがちでした。 右にチラッと映るのは、115系の高崎線の普通前橋行。 

 

211系の内側には、東北線小金井からの普通上野行の115系が並走していました。

 

 連写した 特急白山 金沢行です。 専用塗装の489系使用の特急白山、 車内のリニューアルに加えて 長距離特急にふさわしい、ラウンジ&コンビニエンスカーを連結していました。 

雑誌で見て 撮りたい1枚でした。

 

209系大宮行。もう少しで かぶられるところでした。

 正面の帯のところに6Door Carのステッカーがあります。 編成の中間に6扉車のサハ208が連結されていました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 今回は、10年前の2016年 神戸市内高架延伸線開通80周年の時の模様です。

10年前も 今回と同じように記念の企画がありました。 ただ 今年と違って フルマルーンの電車は現役で多数走っていたので 記念ヘッドマークの掲出がメインでした。

 

まずは梅田駅。

普通神戸三宮行 5000F。 京都線ホームで撮影していた時に入線したので慌てて 望遠で撮影しました。

 

続いて 西宮北口駅。

車庫から出庫してきた 5000F。

 

最後に宝塚駅 準急運用で撮影。

準急梅田行 5000F。

前後で違うデザインでした。

 

西宮北口駅にて。

特急梅田行 9000F。 5000F以外に、あと2編成についていました。 

 

特急新開地行 9000F。 9000Fはこの2枚のみ。 

 

そして 最後の編成。

特急新開地行 8020F。 の奥。

 

車庫で昼寝中 8003F。

 

アップで。

 

最後の一枚。

低画質のスマホで撮影。 多分通勤途中で。 

 

ヘッドマークマグネットはなく ステッカーがあったような気がするのですが、バッジを購入していました。

 

おまけ。画像を探しているときに発見。

2016年は この列車が現役でした。

快速特急 梅田行 6354F。 初代 京とれいん 6354F。 

 

 

快速特急河原町行 6354F。  引退間近は 白地に赤文字の 快速特急A となりましたが、 それまでは、赤地の快速特急でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 前回の続きで 春日野道駅を離れて神戸三宮駅に向かいます。 が その前に。

 

 

春日野道駅西口エレベーター。 この位置で 45年ほど前の1980年に撮影した写真がありました。

 

特急梅田行 5130F。 ほぼ同じ位置で撮影していました。

 

特急須磨浦公園行 6014F。

 

現在の同じ位置。

屋根の段差の部分が 上の写真のホーム屋根の先端かと思ったのですが、 架線柱の位置から考えると 2023年の公より前に一度延長されていますね。

 

今考えると かなり怖く感じますね。

 

春日野道駅から 神戸三宮駅に向かいました。ホーム上は夕方のラッシュ時ということもあって人が多く かなり久しぶりに三宮駅に来ましたが、利用客に比べてかなり狭く感じるほどでした。

 

パネルの方は、JR・地下鉄側の東口の壁面にありました。

梅田方面3・4号線ホームへの階段とエスカレーターの間付近です。

 

神戸三宮駅では、開通から現在までが紹介されていました。

 

東口ご案内カウンター。

 

久しぶりに三宮駅に来ましたが、改札口付近は 駅というよりも百貨店の案内所という雰囲気にリニューアルされていました。

 

阪急版祝電? 神戸三宮駅管区の駅員さん手作りのポスターがありました。 

 

人混みの中で一枚。 神戸三宮駅の駅ビルは 阪神淡路大震災で建て直されましたが、駅ホームのアーチ状の上屋は 開業時からのものです。

 

 

帰りの宝塚駅にて。 

5106Fと発車した8200Fの並び。ちょっと暗くなりましたが、もう撮れない並びかもしれないので一枚。

 

これで満足でJRに向かったのですが、その通路から駅を見上げると なんと6013Fが到着していました。。。。。 もう2分粘れば。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

皆さんこんにちは。 フルマルーンになった7000Fばかりが注目されていますが、90周年にあたって 延伸線区間の3駅に パネル展示がされているということで 仕事終わりに行ってきました。

 

 


まずは 王子公園駅です。

 

王子公園駅では、上下ホームの三宮方の壁面に設置されていました。

開業前建設中の写真が紹介されていました。 王子公園駅は、開業当初は、西灘駅と呼ばれていましたが 1984年 神戸市立王子区園の最寄駅ということもあって 王子公園駅に改称されました。 阪神本線にも 西灘駅がありますが JRの灘駅をこえて 500mほど離れているのに 混同されやすいというのも理由だったようです。

 

その王子公園駅を少し見学しました。

 

上りホーム上の待合室。

 

西口の改札口には 有人改札時代の名残が。 右手が王子公園 左に行くとJR灘駅です。

 

6年前までは、ラッシュ時の学生専用出口として利用されていたようです。

 

寂しい掲示が。。。

 

東口改札口付近。延長開業時から線路を支える柱。

 

ホームの柱も時代を感じます。

 

続いて春日野道駅に移動。

春日野道駅は、中津駅と同様にかなり狭い島式ホームとなっています。 

 

パネルは、ホームと東口改札口とを連絡する通路内に設置されていました。 ホームより狭い通路で ラッシュ時間帯なので人の行き来も多くじっくり見る余裕も というより気にする人もいないようでした。。。

 

春日野道駅は、延伸開業からながらくの間 改札口は東口のみでしたが、2023年ホームドア設置とともにバリアフリー対策の一環としてエレベーターが設置されることになりました しかし 東口にはその余裕がないために、駅の西側にエレベーターを設置し その地上部分に西口が開設されました。

 

西口エレベーター。 バリアフリー対策ですが、もちろん一般の利用も可能でかなり利用する人が多いようでした。 ただエレベーター1台しかないので急いでいる時は注意が必要です。

 

ホームドアが設置されたことによって 狭いホームでもかなりの安心感がありました。

 

春日野道駅ホームの柱も時代が感じられました。

 

つづく。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

皆さんこんにちは。新疋田駅編 最終回です。 撮影を始めて 2時間あまりが経ち 少し陽が傾き始めてきました。

 

少し慌ててしまって ピンボケ。

特急スーパー雷鳥32号 大阪行です。

 

最後尾は 先頭車改造貫通形のクハ480。平べったい特急マークが特徴で、これも珍しいのかなと思います。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)27号富山行です。量産車がそろい この時には一日8往復運転されていた681系車両。 時刻表の表記では サンダーバードは、(括弧)で記載され 列車名というより 681系の愛称的感じで  長い列車名となっていました。 この27号は、2桁号数なので 681系使用ですが 停車駅の多い通常タイプの雷鳥号でした。

 

ここで トイレに行くために 駅に戻りました。

臨時特急雷鳥86号 大阪行きです。  681系登場で余剰気味のスーパー雷鳥編成が 多数の臨時列車に充当されていました。

 

臨時特急雷鳥89号金沢行です。 4分間で 上下の臨時雷鳥が行きかいました。

 

当時の特急雷鳥系統は、最大で定期列車が30分に1本の運転。そこにこの日は、1時間に1本ぐらいの臨時列車が運転されていて しらさぎ系統も含めると、本当に485系特急列車天国でした。

 

普通232M長浜行です。 やっと来ました。 クハネ581改造の先頭車クハ419。 塗装も変わり片側2扉に改造されましたが、寝台特急の貫禄を十分感じられました。

近郊型改造に伴い 貫通扉は溶接されて塞がれ 特急マークは撤去。 ヘッドマークの部分には、TOWN トレイン専用のホームベース型のものがつけられていました。

 

特急しらさぎ9号富山行です。 先の雷鳥89号から10分後です。 ボンネットしらさぎもゲットしました。

 

下り方面の普通敦賀行151Mです。先頭は、中間車モハネ582改造のクモハ419。

583系時代は、乗降口は片側1ヶ所でしたが、419系では、乗降時間短縮の為に2ヶ所に増設。 車体の関係からか 寝台特急時代と同じ狭い折り戸形状の扉となりました。 側窓は、換気を考慮して 一部が、下段上昇 上段下降の開閉できる窓になっていました。

 

後は、ゲンコツスタイルのクハ419。 上下列車で、連続でクハ419を撮れて ラッキーでした。

秋の陽も傾き 山の陰になってきて 撮りづらくなってきましたが、撮影意欲は落ちず もう少し粘りました。

 

臨時特急雷鳥94号大阪行です。この列車は、福井始発でした。80番台を使い切り 90番代を使うぐらいに最大限の増発が行われていたようで この時間帯、しらさぎも含めて 約10分毎に 上り特急が通過しました。

 

特急雷鳥29号富山行です。 後ろから2両目のサシ481改造のサロ481ー2000番台、食堂車時代の厨房があった部分が、カウンター付きのラウンジになっていました。ただ この頃は営業していなかったと思います。 特急しらさぎ号に転用された際に 編成から外されて廃車になっています。

 

上下の特急の間隔が少し開いたところで 再びカーブの踏切付近に戻りました。

特急雷鳥34号大阪行です。 新潟始発で、JR東日本車がやってきました。 しかも 先頭は、ヘッドライト2灯の1500番台でした。 4つ目のヘッドライトが まぶしいですねえ。

 

後ろは、ボンネット車。 大阪駅では、白鳥で撮る事が多かった JR東日本車でしたが、この日は雷鳥で記録できました。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)36号大阪行です。まだ 新鮮だった681系。 このカーブでこの日最初で最後に撮影できました。 

 

西日に 明るいグレーの車体が 輝いていました。  この681系を撮って 駅に戻り 帰途に着くことにしました。

 

特急加越3号金沢行です。 駅に戻っても 帰りの普通電車がくるまで 撮影続行。

 

上りの特急 3連チャンです。

特急しらさぎ12号名古屋行です。 この列車は 和倉温泉始発で 当時は、和倉温泉直通の特急しらさぎ号も1日1往復運転されていました。   

 

続いて4分後 特急雷鳥38号大阪行です。  バックの山々は西日に照らされていますが 線路は山

影になってしまっています。

 

そして最後の一枚。

その5分後 この日の最後は、臨時特急しらさぎ84号 名古屋行です。 背後の山も暗くなり撮影も限界になりました。 しかし、ホームに戻った 20分間だけでも 4本の特急が撮影できました。

 

この日は、新疋田駅に4時間半近く滞在して 本当に大満足の一日でした。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 新疋田駅付近での撮影の続きです。

 

カーブの向こうから 食パンマンがやってきました。普通230Mの長浜行です。

 

583系特急形寝台電車を改造した 近郊形419系電車。九州方面の関西発寝台特急の縮小によって余剰になった 583系を地方の普通電車の増発用に転用することになりました。 

 

先頭車は、中間車サハネ581改造のクハ418。 103系みたいな 非貫通の正面窓に屋根が高いので 大きなおでこが特徴になります。 15編成存在した北陸地区の419系のうち、クモハ419 15両とクハ418の9両が、中間車改造タイプの先頭車となり、 本来の先頭車のクハ581改造の 583系の面影のあるクハ419は、6両しか無く、特急形が先頭の編成を撮る方が、難しい感じでした。車内は、寝台特急時代のゆったりしたボックスシートが残っていました。

 

230Mが去った直後に踏切がなり EF81-33号機の単機回送がやってきました。

 

EF81-143牽引の上り貨物列車がやってきました。

 

目一杯手前で機関車を撮っても最後尾はカーブの向こうでした。

 

特急雷鳥25号新潟行です。 新潟行の雷鳥ですが、JR西日本所属の車両の場合は、国鉄特急色でした。

 

特急雷鳥30号 大阪行です。  変化を求めて少し望遠気味に構えて 後ろが入るのを待っていたら 前が柱に掛かってしまいました。  編成両数を意識していたわけではないのですが、 この列車 中間に白山色のモハユニットが増結されて11両編成となっていました。  現在の681系や683系の増結は、3両の付属編成を連結しますが、485系の場合、付属編成を増結ではなく 車庫で 編成を外して中間にモハユニットやサハを連結していました。

 

後も撮影。 しかし、肝心の増結ユニットは柱の陰でわからず。 ヘッドマークもカバーが汚れており何とも悲しい結果になりました。

 

特急加越1号 金沢行です。

 

特急加越号は、 米原ー金沢間に7往復の運転で 主に 金沢から東京方面への利用を想定したダイヤになっていました。上り列車は7本のうち5本が、金沢発の午前中に運転。  逆に東京からのひかり号に連絡する 下り加越7本は、この1号が米原発12時10分と午後からの運転となっていました。 

また 特急しらさぎ号の場合は、名古屋から北陸方面への利用を重視したダイヤで 午前中は北陸方面 午後からは名古屋方面への列車が多い感じでした。

 

臨時特急しらさぎ82号名古屋行きです。 


特急しらさぎ号は 基本的に雷鳥と同じの9両編成が基本でしたが、臨時だったのか、加越号用7両編成できました。

 

しらさぎ82号通過の5分後 特急加越8号米原行きです。 ほぼ続行運転ですね。 米原で東海道新幹線利用の乗客に向けて14両編成の特急を運転していた感じです。

 

後ろは、ボンネット車でした。 大きな 「加越」の ヘッドマークはいいですねえ。 好きなヘッドマークの一つでしたが、大阪では縁のない列車で撮影の機会も少なかったので 唯一この時に ボンネットもとれて良かったです。

 

この日は、9月23日の秋分の日。臨時特急が多数運転されていて かなり密度が濃い撮り鉄模様となっていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 豊中駅を観察後 川西能勢口駅に向かいました。

能勢電、阪急電車系列の最古参 1757Fの勇姿を見に行きました。

 

 
能勢電では、毎年この卒業シーズンに、門出を祝う企画として 祝電を運行しています。 今年の列車は、1757F
で HPに運行スケジュールも公開されています。 なかなか 沿線に出向く機会がないので 撮り逃さないようにヘッドマークだけでも記録しに行きました。
 
ヘッドマークは、HPにもありましたが、沿線の学校から公募で選ばれたデザインの 4枚が掲出されています。
 
 

 

前後で違うデザインですが、2枚看板になっています。

 

各車両の真ん中の乗降口脇には、ステッカー、扉上には、「おめでとうございます」のメッセージ。車内にもポスターが掲示されていました。

 

この後30分だけ時間があったので 宝塚方で撮影しました。

能勢電回送 7202F。 阪急雲雀丘花屋敷車庫での検査を受けて戻ってきたところです。

 

急行大阪梅田行5106F。 しばらく休車状態だった 5106Fが運用に復帰していました。

 

もうこれが最後になるかもしれません。

 

フルマルーン復刻もいいですが オリジナルが一番ですね。

 

急行大阪梅田行 1004F。 カービィー号。 約半年間 走っていた カービィー号もいよいよ最後今月3月17日までとなっています。

 

普通大阪梅田行9009F さくらヘッドマーク。

 

普通雲雀丘花屋敷行 6006F。 撮影したのは、17時頃 日没まで1時間ぐらい、ほぼ完全逆光だったんですが、最近のデジカメに任せていると ギラギラしつつもいい感じになっているかなと 自画自賛しています。

 

急行大阪梅田行 8004F。 ただ 駅先端には行けないので 35mm換算で 200mmぐらいの望遠ズームが入りますが。

 

急行宝塚行7002F。 最近宝塚線に転属した編成ですね。 私は、てっきり7004Fみたいに6両編成化して今津北線運用に入るのかと思っていました。  

 

急行大阪梅田行 6007F。

 

普通大阪梅田行 9001F。 今年の「さくら」ヘッドマークは、 水色が入って 従来とは印象が変わったデザインですね。

 

普通大阪梅田行 6013F。 そろそろ帰ろうとしたら 出庫してきました。。。。慌てて撮影。 おまけに 隣に1757Fも止まっているし。。。。 フル丸の並びが撮れたのに。。。

 

フル丸の並びというと 祝電を撮る前に。

能勢電普通日生中央行5148Fと 急行大阪梅田行 5128F。この後 5128Fが若干遅れていたので 同時発車していました。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 3月11日の水曜日 豊中駅に工事の様子を見に行ってきました。

 

と その前に 豊中駅には、十三から急行で行ったのですが、その途中曽根駅を通過する際、左手車窓に。

解体中のダイエー曽根店。 曽根駅の東側には、1971年に開業した ダイエー曽根店がありました。 しかし 耐震性不足と老朽化で建物は解体することに 店は 2025年の7月31日で閉店していました。

6階のレストランフロアーが開業当時のままだったので 昭和レトロで話題にもなっていました。

 

豊中駅に到着しました。 宝塚方。 

 

まだ 仮柵で封鎖されておらず先端まで行けました。  宝塚方には、旧喫煙スペース?があるので 仮柵ができると 厳しくなりますね。

 

梅田方もまだ仮柵は設置されていませんでした。

 

ここで この目印の位置から撮影してみました。

普通大阪梅田行8005F。 正確ではないですが、35mmフイルム換算で 200mm前後の望遠で撮影しています。

 

普通雲雀丘花屋敷行6011F。

 

急行宝塚行1004F。 午後からは、撮影スポットになりそうです。

 

工事の完了は、今年の7月になります。塚口駅の工事の流れを考えると 遅くとももうそろそろ 仮柵が置かれて 4月の終わりには、ホーム柵が設置されそうです。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 

 

普通143M 福井行です。 元急行形の交直流475系電車です。 現在は、敦賀まで直流電化されているので 日中は1時間に1本223系や225系の新快速が走るんですが、 当時は、まだ交流電化のままで 普通列車は、この475 系や419系が走っていました。

 

いよいよ、カーブで撮影開始。最初の列車は、普通230M長浜行です。143Mと同じ475系の3両編成で 当時の普通電車は、日中2時間に1本ぐらいの運転でした。

 

前後で違う色のヘッドマークは、「TOWNトレイン」 国鉄時代の末期、それまで8両編成ぐらいの長い編成で1~2時間に1本運転されていた普通電車を短編成化して 地方でも 高頻度の国電型ダイヤを目指して運転開始された普通電車が全国の主要都市付近で設定されました。 北陸地方 金沢付近を中心に走る列車には、 TOWNトレインのヘッドマークがつけられていました。

 

次は、この日のメイン列車。

寝台特急トワイライトエクスプレス 札幌行です。 大阪を発車して1時間半ほどが経ち 丁度、食堂車では、ランチの時間でしょうか。  

大阪発の下り列車は、13時〜16時まで オムライスやカレーライス中心のランチ営業があったそうです。  この下り トワイライトエクスプレスは、 朝昼夕と3食を提供していた 数少ない列車だったそうです。

 

 

特急しらさぎ7号 富山行です。 ボンネット車が来ました。  敦賀駅で 先行していた トワイライトエクスプレスを追い越していました。 

 

 

特急しらさぎ8号 名古屋行です。 富山行の7号が行った 10分後ぐらいに来ました。7号は、7両でしたが、こちらは、長い9両編成、  この場所で国鉄色特急を記録したのは 最高の思い出になりました。

連写しました。先頭車は、非貫通型300番台のクハ481。  200番台に比べて少しヘッドマークが大きくなります。

 

後ろのクハ481も 300番台。 私は、 スマートな300番台が 国鉄型の中でもお気に入りの方でした。

 

臨時特急雷鳥84号 大阪行です。 ボンネットが来ました。 これも1枚は撮っておきたい光景でした。

この日は、祝日で 上下共に臨時列車が多数運転されていましたが

 撮影していたのは、私を含めて3人ぐらいでした。

後ろもボンネット車・ 1964年の運転開始から 40年以上 しらさぎ号と ともに いつも見られていた光景でした。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)5号 富山/和倉温泉行です。

 

この頃の681系は 新型のまだ珍しい車両といった感じで 大体2時間おきに1本運転されていました、「サンダーバード」は、まだ列車名ではなくて 681系についていた愛称でした。

 

1996年も 北陸新幹線開業後の現在も運転本数的には あまり替わらないと思いますが、 485系のバリエーションが豊かだった1996年の方が、撮影するには 楽しく変化がありました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回からは、30年前 1996年に有名撮影地に行った時の画像です。

 

この日は、大阪駅を9時ぐらいに出発して 湖西線を通って敦賀駅に来ました。 そこで雑誌の記事で知った この団体列車を撮りました。 

JR西日本金沢支社のジョイフルトレインだった キハ65系改造のゴールデンエクスプレスアストル。

 

両端の先頭車2両で 特急雷鳥に併結されて 大阪まで 臨時特急で顔を出すこともありましたが、普段は、中間にキロ29改造の半室ラウンジ車を連結して 北陸地区中心に団体臨時列車で走っていました。

 

普通電車で 一駅戻って いよいよ新疋田駅にて撮影開始。

特急雷鳥26号大阪行です。 下り線ホームの中程で撮影。

 

特急きらめき1号 金沢行。 

 

特急きらめき号は、米原ー金沢間の特急列車で 米原ー金沢間 福井駅のみ停車で 同区間を走っていた特急加越号の速達版でした。 専用塗装のグレードアップ車が使用されていました。 1988年に運転開始。 しかし、あまり 利用が伸びず、加越号に統合されて1997年に廃止されました。

この「きらめき」という列車名は、現在JR九州の北九州地区を走る特急列車で使用されていますね。

 

次に来た列車は、「きらめき」の先輩の列車。

特急加越6号米原行です。 かなり地味な特急というとおこられるかもしれませんが。 新幹線に連絡していた 米原-金沢間の特急列車です。 

ヘッドマークは、夕焼けの東尋坊をイメージしたもので 印象に残るマークでした。 

 

加賀と越前へ向かっていた「加越」の名称は、485系の引退とともに 名古屋からの特急しらさぎ号に統合されて消滅しました。

 

特急雷鳥23号 新潟行です。JR東日本車 上沼垂色の485系でした。

 

後ろのクハ481は、北海道帰りの1500番台でした。JR東日本の車体ですが この雷鳥マークも似合っていますね。

 

ここで 駅構内を出て 駅の端にある踏切付近に向かいました。 もしかすると 現在は撮影禁止になっているエリアかもしれません。

 

臨時特急雷鳥85号 富山行です。 カーブの手前の踏切付近まで来て 踏切がなりだしたので 慌てて撮影しました。 偶然にもすすきの間で ヘッドマークが撮れました。 パノラマ編成でしたが、 列車は、通常の雷鳥号の臨時として運転。 ヘッドマークも通常タイプでした。

 

後は、標識が刺さりました。。。 681系の量産車が走り始めると それまでの速達タイプのスーパー雷鳥号は、681系に置き換えられ スーパー雷鳥(サンダーバード)として運転されるようになりました。グレードアップ改装されたパノラマグリーン車編成は、通常の雷鳥の運用を担うようになりました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。