皆さんこんにちは。 3月11日の水曜日 豊中駅に工事の様子を見に行ってきました。

 

と その前に 豊中駅には、十三から急行で行ったのですが、その途中曽根駅を通過する際、左手車窓に。

解体中のダイエー曽根店。 曽根駅の東側には、1971年に開業した ダイエー曽根店がありました。 しかし 耐震性不足と老朽化で建物は解体することに 店は 2025年の7月31日で閉店していました。

6階のレストランフロアーが開業当時のままだったので 昭和レトロで話題にもなっていました。

 

豊中駅に到着しました。 宝塚方。 

 

まだ 仮柵で封鎖されておらず先端まで行けました。  宝塚方には、旧喫煙スペース?があるので 仮柵ができると 厳しくなりますね。

 

梅田方もまだ仮柵は設置されていませんでした。

 

ここで この目印の位置から撮影してみました。

普通大阪梅田行8005F。 正確ではないですが、35mmフイルム換算で 200mm前後の望遠で撮影しています。

 

普通雲雀丘花屋敷行6011F。

 

急行宝塚行1004F。 午後からは、撮影スポットになりそうです。

 

工事の完了は、今年の7月になります。塚口駅の工事の流れを考えると 遅くとももうそろそろ 仮柵が置かれて 4月の終わりには、ホーム柵が設置されそうです。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 

 

普通143M 福井行です。 元急行形の交直流475系電車です。 現在は、敦賀まで直流電化されているので 日中は1時間に1本223系や225系の新快速が走るんですが、 当時は、まだ交流電化のままで 普通列車は、この475 系や419系が走っていました。

 

いよいよ、カーブで撮影開始。最初の列車は、普通230M長浜行です。143Mと同じ475系の3両編成で 当時の普通電車は、日中2時間に1本ぐらいの運転でした。

 

前後で違う色のヘッドマークは、「TOWNトレイン」 国鉄時代の末期、それまで8両編成ぐらいの長い編成で1~2時間に1本運転されていた普通電車を短編成化して 地方でも 高頻度の国電型ダイヤを目指して運転開始された普通電車が全国の主要都市付近で設定されました。 北陸地方 金沢付近を中心に走る列車には、 TOWNトレインのヘッドマークがつけられていました。

 

次は、この日のメイン列車。

寝台特急トワイライトエクスプレス 札幌行です。 大阪を発車して1時間半ほどが経ち 丁度、食堂車では、ランチの時間でしょうか。  

大阪発の下り列車は、13時〜16時まで オムライスやカレーライス中心のランチ営業があったそうです。  この下り トワイライトエクスプレスは、 朝昼夕と3食を提供していた 数少ない列車だったそうです。

 

 

特急しらさぎ7号 富山行です。 ボンネット車が来ました。  敦賀駅で 先行していた トワイライトエクスプレスを追い越していました。 

 

 

特急しらさぎ8号 名古屋行です。 富山行の7号が行った 10分後ぐらいに来ました。7号は、7両でしたが、こちらは、長い9両編成、  この場所で国鉄色特急を記録したのは 最高の思い出になりました。

連写しました。先頭車は、非貫通型300番台のクハ481。  200番台に比べて少しヘッドマークが大きくなります。

 

後ろのクハ481も 300番台。 私は、 スマートな300番台が 国鉄型の中でもお気に入りの方でした。

 

臨時特急雷鳥84号 大阪行です。 ボンネットが来ました。 これも1枚は撮っておきたい光景でした。

この日は、祝日で 上下共に臨時列車が多数運転されていましたが

 撮影していたのは、私を含めて3人ぐらいでした。

後ろもボンネット車・ 1964年の運転開始から 40年以上 しらさぎ号と ともに いつも見られていた光景でした。

 

特急スーパー雷鳥(サンダーバード)5号 富山/和倉温泉行です。

 

この頃の681系は 新型のまだ珍しい車両といった感じで 大体2時間おきに1本運転されていました、「サンダーバード」は、まだ列車名ではなくて 681系についていた愛称でした。

 

1996年も 北陸新幹線開業後の現在も運転本数的には あまり替わらないと思いますが、 485系のバリエーションが豊かだった1996年の方が、撮影するには 楽しく変化がありました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回からは、30年前 1996年に有名撮影地に行った時の画像です。

 

この日は、大阪駅を9時ぐらいに出発して 湖西線を通って敦賀駅に来ました。 そこで雑誌の記事で知った この団体列車を撮りました。 

JR西日本金沢支社のジョイフルトレインだった キハ65系改造のゴールデンエクスプレスアストル。

 

両端の先頭車2両で 特急雷鳥に併結されて 大阪まで 臨時特急で顔を出すこともありましたが、普段は、中間にキロ29改造の半室ラウンジ車を連結して 北陸地区中心に団体臨時列車で走っていました。

 

普通電車で 一駅戻って いよいよ新疋田駅にて撮影開始。

特急雷鳥26号大阪行です。 下り線ホームの中程で撮影。

 

特急きらめき1号 金沢行。 

 

特急きらめき号は、米原ー金沢間の特急列車で 米原ー金沢間 福井駅のみ停車で 同区間を走っていた特急加越号の速達版でした。 専用塗装のグレードアップ車が使用されていました。 1988年に運転開始。 しかし、あまり 利用が伸びず、加越号に統合されて1997年に廃止されました。

この「きらめき」という列車名は、現在JR九州の北九州地区を走る特急列車で使用されていますね。

 

次に来た列車は、「きらめき」の先輩の列車。

特急加越6号米原行です。 かなり地味な特急というとおこられるかもしれませんが。 新幹線に連絡していた 米原-金沢間の特急列車です。 

ヘッドマークは、夕焼けの東尋坊をイメージしたもので 印象に残るマークでした。 

 

加賀と越前へ向かっていた「加越」の名称は、485系の引退とともに 名古屋からの特急しらさぎ号に統合されて消滅しました。

 

特急雷鳥23号 新潟行です。JR東日本車 上沼垂色の485系でした。

 

後ろのクハ481は、北海道帰りの1500番台でした。JR東日本の車体ですが この雷鳥マークも似合っていますね。

 

ここで 駅構内を出て 駅の端にある踏切付近に向かいました。 もしかすると 現在は撮影禁止になっているエリアかもしれません。

 

臨時特急雷鳥85号 富山行です。 カーブの手前の踏切付近まで来て 踏切がなりだしたので 慌てて撮影しました。 偶然にもすすきの間で ヘッドマークが撮れました。 パノラマ編成でしたが、 列車は、通常の雷鳥号の臨時として運転。 ヘッドマークも通常タイプでした。

 

後は、標識が刺さりました。。。 681系の量産車が走り始めると それまでの速達タイプのスーパー雷鳥号は、681系に置き換えられ スーパー雷鳥(サンダーバード)として運転されるようになりました。グレードアップ改装されたパノラマグリーン車編成は、通常の雷鳥の運用を担うようになりました。

 

つづく

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、宝塚線内での撮影分です。 

 

まずは 川西能勢口駅。 所用の合気時間に30分ほど撮影しました。

普通梅田行 5104F。 微妙にフルマルーンの並び。

 

快速急行梅田行 6003F。

 

普通梅田行 8005F。

 

快速急行梅田行 6000F。

 

普通梅田行 3074F。

 

快速急行梅田行 5128F。 コンデジになって  撮影しやすくなったので 快速急行をサクサクっと記録しました。

 

別な日 岡町駅にて。

普通梅田行 5128F。 

 

快速急行梅田行 6003F。

 

快速急行梅田行 6013F。今年 フルマルーンに復元された編成です。

この時は、20年後 フルマルーンを懐かしむ企画がでるとは 思いませんでした。

 

続いて 豊中駅にて。

普通宝塚行 3066F。 そういえば ネットの目撃情報では、そろそろ この位置にも仮柵ができて 望遠ではないと撮影できなくなるようだと 見ました。  仮柵ができたら また記事にします。

 

快速急行梅田行 3074F。

 

快速急行宝塚行6003F。

 

快速急行梅田行 5108F。 この編成は、能勢電でまだまだ活躍していきそうです。

 

普通梅田行 6012F。 

 

快速急行梅田行5100F。

 

普通梅田行 5146F。 5100系のラストナンバー編成。 この編成も能勢電に。

 

普通宝塚行5136F。 この編成も能勢電。 能勢電1757Fが 阪急時代から合わせて 60年以上走ったことを踏まえると この5100系も能勢電で 2030年代後半までは、走らせてくれそうですね。それでも あと10年ですか。。。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 2006年の阪急電車 今回は 梅田駅での撮影です。 フルマルーンの残っていた 京都線と宝塚線が中心です。

 

と その前に。

先日の阪急電車携帯サイトの トップページ。  3323Fも準特急。 阪急電車公式様も かなりマニアックな方なのかも

 

特急河原町行 6350F。 最初 アイボリーの帯は、6300系の特急型としての象徴だと思っていたんですが。

 

同時発車の 快速急行宝塚行5128F。

折り返し 特急河原町行 9302F。 当時も日中の特急は 10分間隔運転。 すぐに次の特急が到着しました。

 

普通宝塚行 3060F。 ヘッドマークは、ICカード PITAPA のIC定期券開始PRです。

 

急行河原町行 3330F。 現在では ほぼ壊滅した3300系の優等列車運用も日常的に走っていました。

 

 

普通北千里行5313F。 5300系も半数が8両編成でした。

 

折り返し 普通高槻市行 3318F。検査明け パンタグラフが銀色に輝いています。

 そういえば、3300系が引退してしまうと、阪急線内からは 菱形パンタグラフも消滅してしまいますね。

残るは、能勢電1757Fのみ。 それも風前の灯。

 

快速急行宝塚行 6004F。

 


特急河原町行 6353F。  6000系7000系7300系は、フルマルーンで製造されましたが、8000系で 車体もフルモデルチェンジ。 新しい阪急の象徴としてアイボリーの帯が採用されたらしいです。 噂では、マルーンからの脱皮も検討されていたとか。

 

普通宝塚行 5108F。

 

急行河原町行 3314F。

 

快速急行宝塚行5106F。

 

引いて撮影。 左から1号線 6353F特急 2号線3326F急行 の河原町行。 3号線8333F+8314F普通北千里行。 4号線快速急行宝塚行 5106F。

 

発車した 快速急行宝塚行 5106F。

 

ギリ 3線同時発車。

 

普通宝塚行 6002F。 まだ 車籍が阪急時代の頃です。

 

急行河原町行 3326F。

 

折り返し 普通宝塚行 8006F。

 

折り返し 急行河原町行 5301F。 20年前は、京都線急行も日中10分間隔運転。 緑の準急幕の方が珍しい存在でした。

 

快速急行宝塚行8030F+7024F+7026F。

 

普通北千里行 8333F+8314F。

 

普通高槻市行 2317F。 この日の最後に 初代2300系が来ました。 2006年で 初代2300系は7両編成5本が存在 毎日梅田駅まで来ていました。  菱形パンタグラフ2台は 今思うとかなりしびれますねえ。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんにちは。 今回は、2006年の阪急電車はどうだったか お届けします。

 

十三駅での撮影です。

特急梅田行9302F。 2005年10月に運用開始の編成です。

 

宝塚線 普通梅田行。宝塚線の3000系はスカート付でした。

 

京都線急行梅田行 7321F。2006年の京都線急行は、十三、淡路、南茨木、茨木市、高槻市から各駅でした。

この急行は、2007年に南方、上新庄停車で 準急となって現在に至っています。

 

宝塚線快速急行梅田行。当時の宝塚線の日中ダイヤでは、優等列車は、山本〜宝塚間通過の快速急行が運転されていました。

 

特急河原町行6330F。 9300系も3編成導入されていましたが、まだ6300系も全編成が健在でした。

 

特急新開地行 7008F。7008Fも全面は登場時の姿でした。

 

快速急行宝塚行6008F。

 

普通三宮行 3062F。

 

普通北千里行 3327F。まだまだ 各線3000系3300系が多数活躍。

 

特急梅田行 6350F。 西国七福神ヘッドマーク。

普通梅田行6011F。

 

急行梅田行 8315F。

 

快速急行宝塚行5108F。

 

特急新開地行7006F。 まさか この編成が 京とれいん 雅洛になってしまうとは。

 

普通宝塚行 3064F。 現在では 早朝ぐらいしか運転されない 普通宝塚行ですが、2006年は、日中10分間隔で運転されていました。

 

快速急行宝塚行 7011F。

 

快速急行宝塚行 5132F。  5100系でも この5132号車以降は、2丁パンタになってフルマルーンのカッコいい姿が好きでした。もう一度本線で走らないですかねえ。

 

帰りの川西能勢口駅で

快速急行梅田行5100F。 5100系トップナンバーの快速急行も撮っていました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 2006年は、仕事に家族に忙しく 遠くに撮り鉄に行くことがほとんどありませんでした。 必然的に近場での撮影中心に。

 

201系 環状線外回り。 

 

アニメとのコラボトレインとなっていました。

 

普通京橋行。  USJラッピング編成第1号の パワーオブハリウッド号です。

 

普通天王寺行。 奈良国立博物館で開催されていた 正倉院展PRヘッドマーク。

 

普通天王寺行。 201系スカイブルー時代の8両貫通編成でした 引退間際にこんな編成が走っていたら。パニックになっているかもしれませんね。

 

103系普通京橋行。 この頃は見慣れた103系も もう撮れません。

 

関空・紀州路快速 大阪・京橋行。紀州路快速が運転開始した、2000年代初めは、日根野電車区の223系は、3両編と5両編成の2本併結の8両編成で運転されていました、 関空快速と紀州路快速の併結運転は今と同じですが、3両と5両が存在するので 時間帯によって 関空快速と紀州路快速の編成が入れ替わっていました。

また 当時の関空・紀州路快速は、全て京橋で折り返し そして 大阪ー京橋間も通過運転していました。

 

普通須磨行。 まだまだ明るい大阪駅での一枚。

 

321系普通高槻行。 新旧交替の並び。

 

まだ4+4の併結編成も走っていました。

 

環状線外回り 京橋・鶴橋方面行。 朝のラッシュ時間帯に環状線に直通してきた 関西本線(大和路線)のウグイス色の103系がそのまま環状運転の運用についていました。

ということで オレンジ1色だった 大阪環状線も2000年前後は、色とりどりの103系や201系が走っていました。

 

特急はまかぜ3号香住行。 閑散期は、4両で寂しくなりました。

 

明るい頃の大阪駅で321系も記録。まだまだ新型だったので珍しいのもありました。

 

4番線に突然 ローズピンクのEF81−107号機が入線。

 

JR西日本金沢支社のジョイフルトレイン わくわく団らん でした。  この日も私以外誰も撮影していませんでした。

 

特急北近畿7号城崎温泉行。 4両+3両の7両編成。 主に 山陰本線の 京都から 舞鶴方面と城崎方面への特急きのさき+特急まいづるの併結運用についていた編成ですが、2往復ほど 特急北近畿号での運用がありました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんばんは。 2006年の塚本駅・大阪駅での撮影です。

 

普通西明石行。 まだまだ 201系が多数走っていました。

 

485系 宮原区へ引き上げていく回送(特急雷鳥4号)

 

普通高槻行。 ピカピカの321系です。 321系は、2005年7月から走り出し、写真の D-14編成は ネットの情報では、落成日が1月30日で まだ2週間ほどしか経っていない本当の新車でした。

 

普通塚口行です。

方向幕をアップしました。

一時期 201系のJR京都線からJR宝塚線直通列車の行き先表示幕では、 黄色のJR宝塚線と入り 尼崎経由塚口だとか 尼崎経由新三田となっていました。

 

また JR東西線からの塚口行は、数本運転されていましたが、JR京都線方面からの塚口行は、一日1本のみの運転で非常に珍しいものでした。

 

特急北近畿6号新大阪行です。 

 

快速米原行。 本線快速の主役は、221系。赤字の快速幕でした。

 

特急スーパーはくと3号 倉吉行。 HOT7000系も 今年で32年、後継者の噂も出ていて そろそろ絶滅危惧種になりつつありますね。

 

普通西明石行。

 

JR宝塚線 快速大阪行。 わかりにくいのですが、前から2両目の電動車ユニットは、瀬戸内色の車両でした。

 

681系回送(特急サンダーバード11号)

 

JR宝塚線 普通大阪行。 この編成も混色遠征で 電動車ユニットはどうも新広島色みたいでした。

 

特急はまかぜ1号 浜坂行。カニすき増結?7両編成と迫力ありました。

 

特急スーパーはくと2号 京都行。

 

普通大阪行。 以前もお伝えした 外側線を豪快に走る 201系でした。

 

681系回送(特急サンダーバード6号)午前中を中心に北陸方面特急は、30分間隔で運転。 681系サンダーバードと485系雷鳥が 交互に走っていました。

 

普通京都行。 201系のリニューアル編成。 これで 大阪駅に移動しました。

 

大阪駅では、環状線を撮影。

環状線外回り京橋・鶴橋方面行。環状線といえば 長らくこのオレンジの103系でしたが。。

 

環状線外回り 京橋行。 321系の登場と入れ替わりに 201系が森ノ宮電車区に移動 伝統のオレンジ色になって 走り始めました。

 

左が 丹波路快速篠山口行。右が、快速網干行。初代丹波路快速は、この221系でした。 が 221系が JR宝塚線を走っていたのは、2000年から2012年ごろまでと 短い期間でした。

 

環状線外回り京橋行。 先頭車は、クハ103−1。103系のトップナンバーの最後は、大阪環状線だったようです。

 

環状線外回り天王寺行。 201系の移籍直後は、スカイブルーのままの編成もありました。

 

移籍直後の一時期、4両+4両の8両編成も存在しました。

 

検査周期の関係で スカイブルーのままで走っていたようです。

 

環状線外回り 京橋・鶴橋方面行。 クハ103-9が先頭。冷房化されていましたが、ほぼ初期型の103系編成。

2006年でもう43年も走っていたことになります。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは。 今回は、今から20年前 2006年のJR尼崎駅での撮影分です。 2000年代と聞くとつい最近のような気がしてしまうのですが、もう20年前 10年一昔という言葉をよく聞きますが、もうふた昔も前になるんですねえ。

 

快速大阪行。 225系の入線はまだ先のことで あまり評判の良くなかったJR西日本色でしたが、113系型数走っていました。

 

普通大阪行。115系の4両編成。岡山電車区からの転入車。 この前年の2005年4月の脱線事故により ATSの強化で117系が運転できなくなり その代替えで各地から113系や115系が その地域色のまま宮原電車区に転入していました。 4両編成グループと6両編成グループとがあり、6両編成は、リニューアルとJR西日本色に塗り替えが済んでいましたが、4両編成は まだ元のままで走っていました。

 

普通大阪行。 新三田からの電車。 

 

7番線から 外側線に進んでいきました。 現在も走っていますが、9時台前後にJR宝塚線から大阪行の普通が数本運転されていて その列車は、尼崎からは外側線に入って 塚本駅は通過します。 この201系も外側線を豪快に塚本駅を通過していきます。

 

外側線から 2番線に入る 221系回送。

 

205系 普通京都行。 

快速米原行。 JR東西線快速と同時発車。 

 

左2番線JR東西線からの快速宝塚行。 右3番線野洲からの普通新三田行。 207系新旧塗装の並び。

 

207系は、321系登場後 321系にあわえるように帯色の変更が行われました。 写真の207系は旧塗装です。

 

特急タンゴエクスプローラー2号 新大阪行。本来なら流線型のKTR001系のはずなのですが、やはり脱線事故の対応で KTR8000系タンゴディスカバリー編成の4両に置き換えられていました。

 

この日は、これで帰る予定だったのですが、思わぬ列車が来ました。

 


サロ489−23。

 

モハ489-14。

 

JR尼崎駅には、上り線8番線の外側に待避線が1本あります。 列車ダイヤが乱れた時に貨物列車がここで 新快速や特急を待避したりしていますが、そこに 高根方面から臨時マークの489系が入線しました。

貨物列車だと ホームを遠く離れた大阪方の本線へのポイント付近まで機関車は進むのですが、489系はこの位置で停車しました。

 

 

雪まみれの489系で 北陸方面からの列車の回送だったようです。

 

新快速近江今津行。

 

遅れていた 特急スーパーはくと2号。 

 

ここで編成の後ろの方に移動。

横のサボは、特急 指定席 自由席が入っていて 列車名はありませんでした。

 

ボンネット運転台をアップ。

 

特急マークと雪がついた臨時ヘッドマーク。

 

7両編成の特急加越号用の編成のようでした。

 

特急はまかぜ2号大阪行。 

 

これを撮影して帰りました。

 

御覧頂きましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん こんにちは。 前々回 今年の2月9日の雪の武田尾駅を記事にしましたが、お昼前に着いたら思ったより雪がなかったので 3年前の2023年1月の雪の降った日をどうぞ。

 

この日は、武田尾駅の隣の道場駅で少し撮影後 武田尾駅で降りました。

道場駅の跨線橋から。

321系快速新三田行。この日は午後から仕事だったので 少し早く家を出て撮影しました。

 

225系 丹波路快速大阪行。 もう少し 積雪を期待していたのですが。

 

左手の山は頂上の木々に雪が見えます。 

 

207系普通新三田行。  次の上り普通で武田尾駅に移動しました。 当初は、このまま新三田に行くつもりでしたが あまりに雪が少ないので 武田尾駅に戻ることにしました。

 

車窓から。 新名神高速道路と武庫川。 道場駅を出てすぐのところです。

 

川下側橋梁付近。 武田尾駅へのトンネルに入る直前です。 対岸 黄色のラインのところ付近を、旧単線時代の福知山線が通っていました。 前回武田尾温泉に向かう 旧トンネルをご紹介しましたが、あのトンネルを出てすぐに線路は武庫川を渡り新鮮とは反対側を三田に向かっていました。

 

ちなみに 車窓の2枚の写真は、左側が武田尾方向 進行方向になります。右が三田方向になります。 ややこしいのですが、進行方向に向かって右斜め後ろ方向を取っています。

 

武田尾駅に到着しました。 まだ 谷間に日が差し込んでいないので 雪化粧が残っていました。

 

停車する 普通高槻行。207系と雪の武田尾駅。南向きの斜面は陽が当たるとすぐに雪が溶けてしまうんですが、まだ 陽が当たっていないので雪景色。 宝塚から電車で10分とは思えない景色です。

 

と ここで問題が発生。 この日は前日の雪の影響で京阪神地区全般で遅延が発生しており 乗ってきたこの普通も約20分遅れでした。 そして 武田尾駅で信号の確認かなにかで 発車を見合わせるということになりました。 当初は、20分ほど滞在して撮影するつもりだったんですが、このまま この列車で帰ることにしました。

 

ホームから 上流方向。 赤い武田尾橋方向。 

 

そして下流方向。

道場駅に行かずに 当初から武田尾駅に降りればよかったと後悔。

 

下りホームでは、雪を見にきた家族づれがいました。

 

遅刻は避けたいので 電車の中で発車を待ちました。

扉は車内保温のために半自動扱いに。 正面ポスターの左に開閉ボタンがあります。

 

幸い10分ほどで運転再開しました。

西宮名塩駅の27分遅れの普通が乗車中の列車。 前後の駅にも快速が停まっています。  駅間で停車するのを避けるために 前の駅の列車が発車してから次が発車するという感じで 運転していました。

 

 

御覧頂きましてありがとうございました。