昨日は、自然派四柱推命中級講座の第9講座……

 

 禁断の「スタイル論」についての講座を行いました。

 この第9講座だけがかなり過激で、他の講座とは違って、ものすごくとんがった内容になってます。

 

 それはともかくとして、講座が始まる前、Fさんが引いた「凶のおみくじ」のことで話が盛り上がり、みんなで凶のおみくじを引いた時はどうしたら良いか…… という話題になりました。

 

 まあ、気にしなければいいという話かも知れませんが、いや、案外気になるものなんですよ。

 

 僕も神社や仏閣に行って、気が向いた時におみくじを引きます。

 

 ニシーネ スペースを始めてからというもの、不思議とどういう訳か、圧倒的に大吉を引く機会が多くなりましたね。

 

 まあ、大吉を引いたからといって、調子に乗っていてはいけないのですけど……

 

 ところが今から二年前、中野坂上のサロンを引き払ってお店で使っていた什器を置くために、真夏の猛暑の中、練馬に引っ越しをしたメンタルがどん底だったあの頃、五気調整術協会の水木杏香先生から東京にいらっしゃるという連絡を受けて、東京をご案内しようと、東京の名所・浅草寺に行って、何の気なしにおみくじを引いてみると……

 

 見事に凶でした(笑)

 

 あれから二年も経つのに、くじの番号まで忘れもしません。

 八十八番です。番号を見た時、何となくこれは凶に違いないという予感がしました……

 

 引いたおみくじの画像、ネットで見つけました(^^)

 

 第八十八凶

 何事をしようとしても人や夫婦の間が和合していない状態です。

 そんな状態ですから危うい事から逃れよう、防ごうとしても、また悪いことが起こるでしょう。

 自分の妻に関わるような、苦しみや心配事の要因が生じてくるでしょう。

 悪いことが二重にも三重にも重なります。よくよく信心しましょう。

 

 願望:叶いにくいでしょう。

 病気:危ういでしょう。

 失物:出てこないでしょう。

 待ち人:現れないでしょう。

 新居・引越:悪いでしょう。

 旅行:悪いでしょう。

 結婚・付き合い:悪いでしょう。

 

 これ、いくらなんでも、ヒドいですよね(^^;;

 妻に関わるようなって言われても妻はいないし、防ごうとしてもまた悪いことが起きて、悪いことが二重にも三重にも重なりますって…… 一体何なのでしょう(笑)

 

 浅草寺のおみくじというのは、日本の代表的なおみくじである「元三大師百籤(がんざんだいしひゃくせん)」が元になっています。

 

 この元三大師という人は、室町時代の大津の延暦寺の僧で、元三大師が作った「観音みくじ」は、吉凶がつけられたおみくじの中では、歴史的に最も古く、全てのおみくじの元になっています。

 

 言い伝えによると、このおみくじを全国的に広げたのが、晩年の徳川家康の名参謀である天海僧正とのこと……

 

 天海僧正の夢枕に、敬愛する元三大師が立って「生前、自分が使っていた信州戸隠山におさめてある観音みくじをもって、人々の苦しみを救え」とお告げをされたそうで、実際に戸隠に人を遣わした所、その「観音みくじ」が見つかり、そこからどんどん、おみくじが広まっていったとのことです。

 

 ちなみに、この元三大師百籤(観音みくじ)は、100ある内の30が凶なんです。

 だから、こんな風に凶が出たとしても、珍しくも何ともないんですね。

 

 多くの神社仏閣では、もっと凶を少なめにしていますし、凶のおみくじを一切なくしている神社仏閣もあります。

 

 凶のおみくじが出たら、やっぱり誰だって少しは気になります。

 悪いことは起こってほしくないと思うのが、人情ですから……

 

 でもそんな時、僕は「人生塞翁が馬」ということわざを思い出すんです。

(2023/9/9ブログ「人生、塞翁が馬」参照)

 

 一見、悪いことが起こったように見えても、それが喜びごとにつながることがあるし、一見、良いことが起こったように見えても、それが苦しみにつながることだってあります。

 

 今から二年前は、僕にとって本当に辛いことばかりだったし、振り返ってみれば、確かに、あのおみくじは当たっていたのかも知れません。

 

 あの時は「財産が全てなくなっているのに、これ以上失うものなんてあるものか」となどと、おみくじを馬鹿にしていたんですが、妻ではないのですが、当時一番身近にいた人間からの裏切りにあって、茫然自失として、立ち直れなくなってしまったのです。

 

 でも、あの辛かった経験のお陰で、今のこの幸せを手にしています。

 

 あの一連の出来事がなかったら、僕は間違いなく中野坂上のサロンに閉じこもったままになっていたし、この場所にたどり着くことは絶対にできなかったと思います。

 

 だから、このおみくじを作った元三大師に、あえて僕が偉そうに物申すとしたら、「悪いことは必ずしも悪いことではないし、そもそも、良いこととか悪いこととか相対的に考えてしまうことが、苦しみを生み出すのではないですか……」と問いたいですね。

 

 僕が思うに、究極的には自分の人生で起こる良いことも悪いことも、おそらく過去に自分が人に与えてきたものが、ただ自分の所に返ってきているだけのような気がするんです。

 

 だから、自分が人を苦しめたりしていなければ、例え一見、人生で悪いことが起こったように思えても、それは結果的に幸せにつながっていくはずですから、凶は凶とはなりません。

 

 そして、人生を「学びの場」としてとらえるなら、全てのことが学びであって、そこには吉も凶もないはずです。

 

 それをしっかり押さえていれば、人生において何も恐れることはないと思うんですね。

 

 たかがおみくじ、されどおみくじ、いろいろなことを考えさせられます。