自分の若かった頃を振り返ると、苦しかった記憶しか思い出せないですね。
10代の頃とか20代の頃とか、楽しかった思い出が一つもないんです。
きっと思い出せないだけで、楽しかったことだって、たくさんあったと思うのですが、不思議とそういう記憶が浮かんでかないといいますか……
あの頃はいつも「自分はこうなりたい」という将来の目標に縛られて、がんじがらめになっていました。
僕の場合、その目標というのはミュージシャンとして成功することで、30代になってから、自分が本当になりたかったのは占い師だったんだ…… と気づくのですが、もちろん、すぐにその夢が叶った訳ではありません。
将来の目標というのは人それぞれで、それはスポーツ選手かも知れないし、漫画家かも知れないし、アーティストや映画監督かも知れません。
勉強が得意な人だったら、大学教授とか医者とか、特殊分野の研究者を目指しているという人もいるし、最近の風潮でしたら、起業家とかユーチューバーでしょうか……
このあたりの職業は、誰もがすんなりとなれるような職業ではありませんし、かりになれたとしても、それだけですぐに食べていけるようになる人は、ごくまれです。
就いている人の絶対数が少なくて、難易度が高い職業というのは、どのようにしたらその職業に就けるのかというのが漠然としていたりします。
俳優や歌手なんかは、その代表例ですね。
ミュージシャンを目指していた19歳の頃、あがり症を克服するために「東京新社」という俳優養成所に入ったのですが、そこで知り合った仲間たちと、養成所の帰りなんかによく語らいあったりしました。
ある時、数人でデニーズで食事をしながら、将来の夢について語っていたんです。
こうやって養成所に通って、演劇の練習をひたすら続けていたら、本当に映画やテレビドラマに起用されて、俳優になれるのか…… みたいな話になって、仲間の一人の女性が「実力が大してなくても、親が芸能人だったりコネさえあれば良い仕事が回ってくるけど、そうじゃない私達は厳しいよね」みたいなことを言ったんです。
その言葉を聞いた一人の男性がキレて「実力なんて関係ないみたいなことを言うのなら、さっさと養成所なんてやめてしまえ」と怒り出して、かなり気まずいムードになりました。
集まっている仲間は、ほとんどが10代後半から20代前半で、みんな本当に熱かったですね。
もちろん僕自身も、ムダに熱かったです(笑)
次の週のレッスンの日だったと思うのですけど、そのクラスの担当で、映画監督もされていた中島義次先生に、みんなでどっちの意見が正しいんだ…… みたいなことを聞いたんです。
中島先生の答えは、「実力が本物だったら、コネがあろうがなかろうが関係ない」というもの……
その時に中島先生が、映画監督の視点でいろいろと語ってくださったことを、今でもよく覚えています。
良い映画を作ろうとした時、その映画に登場する役にふさわしい個性のある俳優が欲しくなる……
ある時、中島先生が自分の映画に登場する警察官役として、本物の警察官に出演してもらったことがあるそうです。
本物の警察官だったら、絶対に良い動きになるだろうと思って、映画を撮影してみたけれど、さっぱりダメだったそうです。
確かにリアルとしてはこの上ないけれど、映画としては絵にならないんですね。
映画を作るサイドとしては、その人にしかない際立った個性が出せる俳優が欲しくて、探し回っているのですけど、そういった光るモノを感じる俳優には中々出会えないそうです。
逆に、例えエキストラで出演していても、現場でそういうすごい俳優に会ったら絶対に忘れないし、ずっと覚えている……
そして、次の映画を作る時に、この配役はあの現場で会ったあの俳優にやってもらおう…… とその人のことを探すのですけど、たいがいその時には、その人は俳優をとっくにやめてしまっているのだそうです。
だから、そういう特別な個性を持っていたら、コネなんかなかったとしても絶対に俳優としてうまく行く…… とおっしゃるんですね。
この話は案外、どんなジャンルの職業についても、当てはまるのかも知れません。
確かにコネや人脈というものが、全く意味がないという訳ではないと思うんです。
やっぱり、メディアに出演しようと思ったら、力を持っているプロダクションに所属していた方が断然有利です。
でも、そのことよりもはるかに、自分が本物の実力を持っているかどうかの方が重要であることは間違いありません。
本物の実力さえ持ってさえいれば、それを探している人がいつかは見つけてくれます。
もちろん、見つけてもらえるような場所に度々足を運ぶことが、必須条件ですが……
もしも、親のコネなどで最初の一回くらいはドラマの主役に立てたとしても、実力がなければその後が続きません。
ドラマの制作者だって良い作品を作りたいですから、演技が下手な俳優をわざわざ主役に起用したくありません。
つまり、例え二世俳優であっても、その人が長く活躍しているのであれば、その人の実力は本物だと考えるべきです。
もちろん、親の英才教育や、幼少期から数多くの撮影現場を見てきたという環境も味方につけてはいますが、決してコネだけでうまく行くような世界ではありませんし、その環境で実力をつけたからこそ、今の活躍ができているのだと言えるでしょう。
俳優の世界に限らずどんな世界でも、自分が目指す夢を叶えるためには、実力を高めることなんかよりも、手っ取り早く関係者に取り入ってしまった方が早い…… などと短絡的に考えてしまうと、道を誤ることになると思うんですね。
その仕事の世界の全体が見えていないと、ついそんな風に安易に考えてしまうのですが、その仕事に絡む全ての関係者の気持ちになってみると「自分がその仕事に就きたい」ということなんかより、「自分がその仕事に就いた時、どれだけ周りの人のために役に立てるか」ということの方が、はるかに大切であることに気づかされます。
俳優の世界で言えば、ドラマや映画を作るスタッフや関係者の気持ちや、それにお金を掛けるスポンサーの気持ち、さらにはそのドラマや映画を見てくれる人の気持ち…… その人たち全てに喜んでもらいたいと思える気持ちが、もしかしたら、本当の意味での自分のその仕事に対する情熱なのかも知れません。
そして、その仕事に対する情熱が、本物の実力を培ってくれたりします。
やがて自分の夢が叶って、やっとその仕事にも慣れてきた頃になって、「実力が本物であれば、自分が置かれている環境なんて、それほど重要なことではない……」ということに、気がつくことができたりするんですね。