今日は、会社のアドバイザーのお仕事に出掛ける日……

 

 自分の得意分野のお仕事をさせていただけて、充実した気持ちに満たされていることを、心からありがたく思います。

 

 先日、光子(みこ)さんに四神タロットをみていただいた話を書きました。(2023/10/11ブログ 「四神タロット」 参照)

 

 あの時、未来のポジションに出ていた「天之御中主神(アメノミナカヌシ)」のカードから、「未来は何も決まっていなくて、何かを成しとげるか、全く成しとげられないかのどちらかになる」という意味のことを、光子さんから告げられたのですが……

 

 

 

 まさに、この渦が描かれた天之御中主神のカードは、上の満天の星空か、下の漆黒の世界か、そのどちらかに行くという意味の絵が描かれています。

 

 驚いたのは、この光子さんの答えが、まさしく僕自身が以前からずっと感じていた、自分の未来というものに対する考え方と完全に一致していたということです。

 

 今でも僕自身、自分の未来はその両極端のどちらかになるだろうと、思っているんです。

 

 とはいえ、僕は割と楽観思考なので、自分の未来の生活そのものが不幸などん底になるとは思っていません。

 ただ、仕事のことだけに限っていえば、何かを成しとげているか、それとも中途半端なまま全く何も成しとげられないかのどちらかになっていて、それは今現在、まだ決まっていないように感じているんです。

 

 未来というものが、ある程度まで決まっていると考えるか、それとも全く決まっていないと考えるか…… それに関しては、人それぞれに分かれると思います。

 

 おそらく、一般の人は「決まっていない」と考える人の割合の方が多いと思うのですが、運命学というものに興味を持つ人の中には、「決まっている」と考える方も、一定数いらっしゃるのではないかと思います。

 

 これに関しては、どちらが正しいかを明確にするのは、難しいと思いますね。

 少なくとも、三次元世界の言葉の概念で、それをハッキリさせるのは無理だと思います。

 

 僕が好きな映画で、スピルバーグが監督で、トムクルーズ主演の「マイノリティー・レポート」という映画があるのですが、まさにそんなことがテーマの映画でした。

 

 僕の持論を先に言うと「未来が100%決まっていることは、絶対にない」と思います。

 

 もしも100%未来が決まっているのだったら、生きていることの意味が存在しなくなってしまうし、人がそこから学びを得ることさえも、できなくなってしまいます。

 

 現に我々は、人生から学びを得て、それによって心も成長しているわけですから、未来がそれに全く連動することもなく、微動だに変化することもない…… とはあまりにも考えにくいからです。

 

 ただ僕の場合、未来というものは、全てにおいて完全に未知数で、何一つ特定することはできない…… と考えているわけでもないんです。

 もしそうだったら、運命学というものが成り立たなくなってしまいますし……

 

 このテーマは長くなってしまいそうなので、また明日のブログで続きを書いてみたいと思います。

 

 さて、これから地下鉄に乗って、仕事先の新橋まで出掛けてきます!!