運命というものがあるのかないのかと問われれば、今の僕は「ある」と答えると思います。

 

 もちろん僕は運命論者ではないし、基本的に自分の努力次第で人生はいくらでも変えていけるものだと思っているタイプの人間ですが、それでも「運命というものは、間違いなく存在する」と考えずにはいられなくなってしまいました。

 

 僕にとって、去年「壬寅」の一年は、本当にすざましい年でした。

 

 巨大なハリケーンに襲われて、気がついたら、何もかもなくなっていたような年で、その後しばらく体調を壊していました。

 

 思えば僕の人生は、四柱推命で言うところの「壬の比肩」が巡る度に、大きなイベントが起こります。

 

 比肩というのは、自分をあらわす日主と同一の十干をあらわす呼称……
僕の日主は「壬」なので、僕にとって「壬」が比肩であり、「壬」という十干が、その年の干支に巡ってきた時が「比肩の年」ということになります。

 

 比肩はよく独立を意味する星だとか言われますけど、一言でいえば「合わせ鏡」の星なんです。

 

 言うまでもなく、比肩が巡ってくるという情報だけでは、これぐらいのことしかわかりません。

 

 2012年の「壬辰」の比肩の時は、パリから帰還して占い師として独立し、奇跡的な成功をおさめることができた年でした。

 

 2002年の「壬午」の比肩の年は、僕のこれまでの人生において、間違いなく一番底辺だった年です。目指していたミュージシャンの夢はつきて、目の前に何の希望も見いだせず、お金もなくなり、食いつなぐために、決して人に語りたくないような辛酸をなめつくした年でした。
(でも、この最悪の経験があったお陰で、去年一年も耐えきれたのだと思います)

 

 1992年の「壬申」の比肩は、恵まれたアルバイトの仕事が見つかって収入が安定し、夢の実現に向けて、全力で取り組み始めた希望に満ちた年でした。

 

 1982年の「壬戌」の比肩の年はまだ子供時代でしたが、それまでは幸せだった幼少期を送ってきたのが、クラスの担任が変わって、その担任と全くそりが合わず、ずっとパワハラを受け続けて針のむしろに座らされるような、恐怖の小学校生活が始まった年でした。
(その地獄は2年間で終わりました)

 

 今さら言うまでもないことですが、比肩が来たら良い年になるとか、悪い年になるとか、そんなことは一概には言えません。

 

 実は去年、身の上に起きた一連の出来事ですっかり疲れ切って、「方丈記」を書いた鴨長明みたいに、田舎で庵を結んでずっと隠遁生活をしようと思っていたんです(笑)

 

 運命のいたずらか、持っていた全財産も、東京の拠点だった中野坂上のサロンも、メルマガリストや多くの人の連絡先までもが、去年一年の間に全て消えてなくなってしまいました。

 

 ところが、これもまた運命のいたずらか、思いもよらない偶然が重なって、東京の曙橋に新しい拠点を出せることになりました。持ち金が全て費えてしまっているにもかかわらずです。

 

 人間の運命というのは、不思議なものです。

 

 この先もきっと、人生でいろんな事が起きるのでしょうけど、肩の力を抜いて楽しんで生きようと思います。