流石に、徹夜明けの外来は、このじいじには答えました。
でも地域医療では、”当たり前のこと”。
なんでも受ける、それが基本です。
あの液体接種じゃないんだから、自らが選んだ道です。
週末、溜めて寝れば回復する。
昼休み、ぼーっとしていると新しい月刊ボデイビルディングが届きました。
今月は、二つの記事を書かせていただいてます。
ひとつめは、胸郭出口症候群。
42年前、医者になったころ、この”病気”と診断された患者さんを受け持ったことがあります。
パッと見、”大したことない”。
脳卒中や、脳腫瘍で、悲惨な神経症状を呈している患者さんに比べれば、自ら歩ける、動ける、もちろん食べることもできる。
しかも、若い人。
主訴は、腕を挙げると、力が入りにくい、痺れる。
こんなんで、手術?
若い僕には、よくわからないまま第一助手、第二助手、第三助手の先生の横、第四か第五助手でオペが始まりました。
執刀はずっと先輩の外科医でした。
朝から、夜遅くまで、修羅場のような時間が続きました。
術後ICUまでお付き合いして、その後どうなったのか。
リハビリ施設へ転院した、と聞きました。
胸を開け(開胸)る、って大変な作業でした。
胸椎の上部を触るだけのはずが、鎖骨を外し、胸骨を割って、肺を退けて、かつ血管を、、。
今は、胸腔鏡などがありますし、ナビゲーションも。
それよりも、診断までの労力が、そして正確性も。
診断したとしても、果たして、それが原因なのか?
僕は最終的に、脳神経の外科に進みましたが、あの当時、先輩たちが、神経学的にそこまで正確に捉えていたのか?
現在、どう診断していく”べき”なのか、他に病を見逃してはいないのか、適当に言葉のあや、で使っていないのか、マッサージなど医原性はないのか。
筋トレ愛好者も陥るかもしれない、現場、前線で働く外科医は?
どう検査を進めていくか、治療は?
さて、もう一つは、還暦過ぎにこの世界に入ってきてどっぷりとボデイビルに浸かっている”おばさま”のインタビュー。
結構ページを割いてもらいました。
記事を書きながら、こんな人生もまたありだな、そんな気持ちになりました。
読んでみてください。
明日は、久しぶりに馴染みの後輩にお呼ばれして、手術をしてきます。
後輩たちと熱く語りながらバトンタッチしていければ、僕の役目ももう少しで終わります。