最近、人生は軌道修正しながら進んでいくんだとつくづく思う。
 


"ブレては戻す"を繰り返しながら。




自分にしっくりくる考え方を見つけたとして、

そこからしばらくうまくいってるように思えても、課題は次から次へと現れる。





先がわからないから面白い、だから飽きないのだ。





"一度決めたことは、やり遂げなきゃいけない"





例えばそんな理由で自分や家族を苦しめてたとしたら、また本質に戻ればいい。





・苦しんでまで続ける意味はあるの?




・まだ見ぬ未来のためにその苦しみに固執するは必要あるの?



・固執してるのはエゴじゃない?




・それって外側を向いてる意識じゃない?







我慢ってなんだろう。





今だに我慢の価値が横行している気がする。




我慢料だとか。

我慢して頑張ればいいことがあるとか。




好きで努力していることと、好きじゃないのにただ我慢して継続していることは違う。




その差は、顔つきを見ればわかる。




嫌々やらされているのか

やりたくて努力しているのか。




外側からの圧力によってやらされている場合、明らかに現実に無理が生じてくる。





それを『弱い自分やダメな自分を乗り越える為の試練だから!』と無理矢理思い込もうとしている人が本当にに多いと思う。




そもそも自分が弱いとかダメだとかという意識を消すことが必要になってくるけれど




かく言う私も、毎回そういう意識の波に飲まれてブレては戻すを繰り返して生きている。




思い込みに気づく為のヒントとなるのが"違和感"。




心のモヤモヤという違和感を無視してはいけない。




違和感はシグナル。信号だ。




なんでこんなにモヤモヤするんだろう、の原因を吐き出す作業が大事。




逆にいうと違和感を感じて始めて、自分の本当の気持ちが見えてくる。




ということは、違和感はチャンスでもある。




モヤモヤを吐き出して、見えてきた心の声を確認して、自分の軸に戻す為の軌道修正をする。




ブレては戻す、ブレては戻す。




その時々によって状況は違うし、初めてぶつかる問題だらけで混乱するのは当たり前。




その都度自分の声を聞いて戻す作業をするだけ。




周りの意見はあまり参考にならない。




感じ方も考え方も経験も人それぞれだからだ。




成功している人の言葉を鵜呑みにする必要もない。




自分を誰かの下に置く必要もない。




ただひたすらに、自分の核の部分にいる"純粋なもう1人の自分"と会話をすること。




もうこんなのは嫌だ!




こんな感情がムクムクと出てきたら、その感情にヨシヨシしてあげればいい。




『そっか、もう大丈夫だよ、よく頑張ったね。

無理しなくていいんだよ。』




もう1人の自分がいつだって一番の味方であればいい。





"一度決めたことは、やり遂げなきゃいけない"




周りはいつだってそう言うだろう。




そんなとき、違和感に負けない強さが大事。




今回は本当に色々学んだ。




娘のこと、どういう方向で進んでいくのがいいのか。




娘自身は至ってシンプルに生きている。




嫌なものは嫌、好きなものは前のめりに続ける。




親たちが自分の経験から娘の進路を考えるときに出て来てしまうエゴとの闘いだ。



一見思いやりとも取れる闘い。



そして見方によっては根性がないとか、続かないことはよくないとか。



でも反対に、何事もやってみなけりゃわからない。

好きか嫌いか、自分に合うか合わないか。




私と娘はシンプルに進んでいるつもりでも、さまざまな情報や親切心から来るアドバイスなどに振り回されたりブレたりもする。




その都度良さそうな意見を取り入れながら実践、そして違和感、そして心の声を聞き、軸を戻す。




それは一見すると"自分で決めたことなのにいつも途中で嫌になって投げ出すよね"という事象かもしれない。




しかしその度にやりたいことがよりクリアに輪郭を帯びていく。



それは多いなる前進である。




浅はかに考えると"何でもいつでも"と一括りにしてしまいがちだが、娘は自分が心底やりたいと思ったことはどんなにキツくてもきちんと続けているのである。




本質に戻ると、物事はシンプルだ。




親のエゴ、そして色々な情報に振り回される子育て。




私は出来るだけ子どもの気持ちを尊重させた子育てがしたい。




それはそんな子育てが私にとってホッとできるし好きだから。




どんな子育てだって正解はないけど、

それはもう『そんなやり方が好きだから』

ただそれだけだと思う。




子どもの話を聞いて尊重して

サポートしてあげることが私の望み。




そうなのだ、その原点を忘れていた。




きっとこれからもずっと課題が現れてはブレては戻し、を繰り返して進んでいくのだろう。




頭がグルグルときも心がモヤモヤしたときも、それは通過点。




悩んで出した結論は、必ずうまくいくと信じよう。





また違和感を感じたら、またいつだって軌道修正すればいい。




今朝はモヤモヤが晴れてすっきりした朝だった。




親が先回りして考えず、本人が自分の力で気づいて言い始めたときにサポートすればいい。





そう、物事はいつだってシンプルだ。