
6人キョウダイでパチリ!
⬆ママ夢コンサル⬆
──────────────
スマホのみ!ツール無しで
〜フォロワー19000人超え〜
↓大好評のインスタはこちら↓
──────────────

上地雄輔くんのブログ本やテレビにも出たたばこ屋の
おばあちゃんとしてファンから人気もあったり
大好きなおばあちゃんが永眠しました。
以前ブログに書いてたくさんの方から
色んな思いを綴ったメッセージを頂いた
このおばあちゃんが先日、永眠しました。
コロナ禍もあり、
家族のみでの葬儀になりました。
最後は痴呆症にもなって…
母からその時の話を聞くと
とても胸がぐん、となります…。
家族が看病する負担や、
痴呆症だからこそ介護施設に入れたくても
入れない現状や、
入れてもそこでの環境、費用面など
どうしてもベストな状況を保つことは
難しいのがこの社会なんだろうな、と思えました。
おばあちゃんと会わなかったときの話を聞くと
高齢化社会だからこそのサポートや…
本人はもちろん、家族がどこまで対応したり
精神面でもそうですし、
じゃあどうしたら?の部分は
今後私達が更に歳を重ね、
少子化が進む中で
直面していくリアルな問題でもあるし
息子にそこの負担は
やっぱり家族だから、
親だから…とのことで
かけたくないなと思ったりもします。
お金があればいいか?
でもない気もするし、
(芸能人でお金持っていても施設でひっそりと亡くなる方もいたりすると聞くとね)
そんなことも今後は私も発信や
ママ夢ラジオでも取り組んで行けたらと思う。
今ヤングケアラーと言う問題も
重視されてきていますし
おばあちゃんの死からとても多くの事を考え、
学びに繋がったり
自分のするべきことや
生命、時間は有限だからこそ
そこで何を選び、どう過ごすか?が問われていると
感じたのです。
実は……
私は小さい頃から
見えないものとつながる事があり
(身内とかね、チャネリングとも言うのかな)
今回葬儀の前に
おばあちゃんの亡骸とお別れをして来たあと
一人で横須賀の海を見ようと
海軍基地あたりを歩いていたら
あーちゃん、あーちゃん、と
頭におばあちゃんの声がしてきて、
はぁはぁと呼吸が苦しくなってきたので
慌てて動画を撮り…
母へ送りました。
おばあちゃんは母や私あてに
ありがとう、ありがとう、とずっと話してきて
体に気をつけるんだよ、と。。
他に言いたいこともあるだろうに…

感謝を伝えて来たのです。
(嘘のようなホントの話。動画も母にラインで送りました。あーちゃん、というイントネーションはおばあちゃん独特の言い方でした。)
人って最後に想うのは
やっぱり感謝なのかなぁ、と
自然と横須賀の海を見ながら涙が溢れました。
宗教とかいろんなことを抜きにして
(私は無宗教です。)
おばあちゃんには
ちゃんと天に還ってもらえたらと
思うのでチャネリングでお経を唱えてもらい
(自然にお経を唱える方が出てくるのです。)
光に還ってねとお伝えしたのですが😌✨
でもとても亡くなる前は
苦しかったんだろうな…
胸や肺の部分が私にゼェゼェする(受ける)
ことを伝えてくるので…
その苦しみや辛さをしっかりと受け止め
頑張ったね、と
お伝えして…
おばあちゃんには
私が少し普通の人と違うこと、
愛犬ラムが亡くなったときも
まだそこにいて
火が怖いからお線香やろうそくしないでと
言ってるとか(笑)
そんな話を話していたし、
おじいちゃんからのメッセージとかも
たまにお伝えしていたら
びっくりした顔をしていたけど
受け入れてくれた。
だからこそ私が多感な時期に
周りに合わせたり
(顔色を伺ったりしてそれが原因でいじめられたり、嘘つき呼ばわりされたりもあったので…)
でも私が我慢していれば
何でも収まるのかなと思うときもあって…
頭の声を吐き出せずにしんどくなるときもあった。
(だからこそSNSなどで発する場があることがとてもありがたかったのだけど)
ある時おばあちゃんと
お買い物に一緒に行った時に
ぽろりとそんな悩みを打ち明けたことがあって。
おばあちゃんはあさみなら大丈夫だよと
小さな目を更に細くして笑ってくれた。
それがとても嬉しかったことを
覚えている。
振り返ると
母が6人子供を産むということは
小さな弟たちに関わることが
多かったぶん
私は母に言えないことも
おばあちゃんに
色々話していたな、って
今更ながら思う。
母が出産の時かな?
お弁当作れなかったときは
おばあちゃん特性の
のりだんだん弁当を
作ってくれて
母の作るのりだんだんより少し味の濃い
茶色いお弁当は私の大好物だったし
愛犬ラムを散歩に連れて行ってくれる時に
たまたま私がバイトに行くとき、
一緒に駅までリードを引いて歩いてくれて
ラムがおならをして
私とおばあちゃんの方を
恥ずかしそうな顔をして見たときは
ふたりで笑い合ったし
結婚してお家に招待した時に
お料理を作って見せたら
すごいねぇ、すごいねぇ、
あさみがこんなに作れるなんて
すごいねぇ、と何度も褒めてくれたり
喜んでくれたおばあちゃん。
息子を産んだ時も
こんなにかわいい子を産んだのは
誰だい?と
いたずらっぽく聞いてきて
私だよ!って
私が産んだんだよ、凄いでしょ、って
何度も自慢げに話したことも、
最後に電話で、
一緒にハンバーグ食べに行こうね、って
約束したことも…
おばあちゃんの優しい笑顔と
小さなしわしわの手で
頬を撫でてくれるぬくもり、
あーちゃん、頑張ったね、と
褒めてくれる声も
全部全部私は忘れないよ。
私もいつか息子に子供が出来たら
少ししょっぱい
のりだんだん弁当作ってあげるし
おばあちゃんみたいに
いっぱいいっぱい優しくしてあげるんだ。
私とおばあちゃんの思い出は
ずっと、すっとここにあるから。
淋しいけど、
大丈夫。
おばあちゃんは
見守っていてくれるから。
そう、信じてるから。
ね、おばあちゃん。
家族には個々にそれぞれ
おばあちゃんとの思い出があると思う。
それを忘れずに話して行けることが
おばあちゃんへの供養かなと
今は思えています。
私のかわいいおばあちゃんの自慢話、
またいつか少しだけ
みなさんにも
シェアさせてもらえたら嬉しいです😌✨
おばあちゃん、ありがとう。
安らかにお眠りください。
あさみより。