完全非暴力


主任司祭 晴佐久昌英

 

 七月を迎えていよいよ参院選ですが、今回の争点の一つに日本の安全保障問題があり、「軍事費倍増」などの勇ましい公約も飛び交っています。ウクライナ侵攻や、台湾有事への警戒もあり、やっぱり軍事的な抑止力は必要だ、軍備増強で侵略に備えよう等々の声も高まっていますが、私たちキリスト者はこの問題をどう受け止め、また行動するべきなのかを、ここで改めて確認する必要があると思います。

 私たちキリスト者の考え方の指針と行動の規範は、あくまでもイエス・キリストです。イエスは戦争や暴力については、徹底した非暴力抵抗を呼びかけました。例えば旧約の律法には「目には目を、歯には歯を」と記されており、相手と同じ暴力で復讐しろと命じているのに対し、イエスは「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。下着を取ろうとする者には上着をも取らせなさい」と命じます。といってもこれは、抵抗するなと言っているのではありません。むしろ、「悪しき暴力には命がけで抵抗しなさい、ただし完全非暴力で」と、命じているのです。まさに「敵を愛せ」という新しい愛の掟であり、それは「悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」天の父の子となるためなのです。

 したがって、キリスト者は、あらゆる暴力的な抵抗に関わることを拒否します。ましてや何があろうとも、他者を殺すことを拒否します。イエスの言うとおり、「剣を取る者は皆、剣で滅びる」からです。 3世紀の教父オリゲネスが「モーセは敵を殺し、火あぶりや石打の刑に処せと命じたが、キリスト者たちにはそれができなかった」と初代教会の姿を書き残しているように、「正義の闘い」という大義を振りかざして「聖戦」に明け暮れた旧い時代の掟は、イエスによって超克されたのです。

 とはいえ、時代は剣の時代からミサイルの時代へと変貌しました。ロシア軍の容赦ない爆撃を目の当たりにすれば、完全非暴力で立ち向かえというのは非現実的だと思うかもしれません。そんなことをしていたらいっそう被害が拡大し、さらに暴力を助長することにもなるのではないかという思いになるのは、理解はできます。しかしというか、だからこそ、イエスは十字架の道を歩みました。イエスは、完全非暴力で十字架を背負うという自らの犠牲によって、愛とゆるしをもたらす新しい掟の時代を拓いたのです。イエスは、弟子たちの身代わりとなって自ら十字架に向かい、自分にくぎ打った兵士たちを許し、全人類を罪から救うために命を捧げることで、血で血を洗う暴力の連鎖反応を打ち止めにしました。それこそは天の父の愛の現れであり、その愛によって救われ、その愛にのみ希望を託したキリスト者は、その愛をこそ実践します。しかもそれを孤軍奮闘ではなく、キリスト者の集いである教会として、一致団結して実践すべきです。

 そんなことが可能かと言うならば、可能どころか、そうでない道で救いを得ようとすることの方が不可能だと答えたい。実際、例えば教皇ヨハネ・パウロ2世は、1989年に東欧の共産主義独裁政権を倒すことが出来たことを振り返って、「それは人々の非暴力の献身によって成し遂げられました。人々は権力の暴力に屈することなく、真実を証しする効果的な方法を見つけることによって成功したのです」と語っています。当時、共産主義と民主主義の対立は戦争によってしか解決不能だと言われていたにもかかわらず、キリスト者たちは第3の道を探し出しました。また、教皇ベネディクト16世はこう語っています。「キリスト者にとって、非暴力とは単なる戦術ではなく、神の愛と力を深く確信するがゆえに、愛と真理という武器だけで恐れることなく悪に立ち向かう者の態度です。敵を愛することは、いわば『キリスト者革命』の核心なのです」。

 天の父は、限りない憐みをもって罪深い人類を愛しておられます。そして、私たちにも同じように敵を愛することを望んでおられます。そのことを、イエス・キリストは自らを犠牲にする愛によって示してくださいました。その道を歩む者をキリスト者と呼ぶのであって、いかなる理由があろうとも、神の子どもたちを殺すために存在する軍事力を支持する者は、キリスト者ではありえません。我々は、じゃあお前は殺されてもいいのかと問われて、「はい、他者を殺して生き延びるくらいならそれでも構いません」と答える仲間たちなのです。イエスは、「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな」と言い、「私は世の終わりまであなたがたと共にいる」と約束してくださいました。だいじょうぶです。天の父は、この世では愚かに見える完全非暴力の側に立ち、人の目には不思議な救いの道を必ず開いてくださいます。そのように信じることを、「信仰」と呼びます。

 平和憲法死守、軍事費削減、非核非戦に一票のゆえんです。

 

 

(2022年7月1日号)