『エレノア・オリファントは今日も元気です』 | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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さていきなりだが同書
原書は全英で現在なお
大ベストセラーを続けている作品である。


今年からお付き合いいただいている
同社の編集部様から御紹介いただいた。

そういう訳でというか
いろいろあって今年五月から時々、

イギリスのアマゾンを
覗いたりもしているのだが、

この本のレビューの数が実はものすごい。

最初見た時は三千台半ばだったのだが
今や五千に迫ろうとしている。

しかも80%以上が五つ星なのだそうで。

そればかりでなく、まあこれは
僕が見ている範囲での話だが
もう半年に迫ろうというのに、
順位を落とす気配がほとんどない。

料理本やダイエット本、
あるいは暴露本なんかと競り合って、
総合の順位で大概五位以内にいる。

あ、これ、至極まっとうな小説なのである。

なんか、我が国では考えられない。

ついついどうしてだろう、と考えてしまった。


最初に手に取った時は
タイトルと表紙のイメージと
それから映画化云々の情報から

『ブリジット・ジョーンズ~』とか
『プラダを着た悪魔』のような

いわゆるワーキングガールの
成長譚かなと思っていた。

あるいは普通のラヴ・ストーリーか。

けれど読み進めるうち
やがて浮かんできたのは
『暗闇の速さはどれくらい』だった。

こちらはフォークナーの『響きと怒り』や
あるいは
『アルジャーノンに花束を』のような

視点人物に特殊な設定が
与えられているタイプの作品である。


ヒロインのエレノアが
とにかく変なのである。

それも、自分で自分は普通だと
しっかり思い込んでいるタイプ。

確かに普通に働いているのだが
その日常が至極ちぐはぐなのである。

本人は大真面目なのに、
外から見るとどうしても笑えてしまう

そういうちょっとだけ
胸が痛むタイプのおかしさである。

ところがほどなく
ある仕掛けの存在が
徐々に明らかになってくる。

その真相がどうにも気になって、
ついつい一気読みしてしまった。

こういういい方でたぶん
ネタバレぎりぎりかと思うが、

主人公=話者であるが故の
死角がそこにあるのである。

サスペンスが上手く機能している
好例といえよう。


そしてその一気読みを
強力に後押ししてくれたのが

全編微塵も揺らがなかった
文章の丁寧さだった。

まあ僕の肌に
合っただけかもしれないが
とにかくするする読めたのだ。

だけどここまで持って来るには
相当手を入れてますよねと

まあ僕も仕事柄、読了後
その編集者女史に訊いてみたのだが

案の定というか、訳者さんと二人で
かなり細かいなおしまで
徹底しましたとのお返事だった。

納得である。

実際原文でないと決まらないであろう
ジョークの類も逐一丁寧に
ニュアンスを拾おうとされている。

まあ、やや苦しいところも
決して皆無ではないのだが。

あと英語では(笑)を
(lol)のように表現することも
本書に教えていただいた。

Lots of laughsの略だそうで。

確かにこうタイプすると
笑っているように
見えないでもない気もしないでもない(lol)。

――そうでもないかな。

いずれにせよ、文字というものすら
実は進化しているのかもしれないなと
思わず考えてしまった次第。



本書のテーマは実は重い。

トラウマとまとめてしまうと
やや陳腐に響いてしまうが、

でもそうとしか呼べないものだ。

それも普通の人間には
決して容易には
想像できない種類のそれだ。

しかし本書では決して
事件の真相を詳らかにすることが
目的にされている訳ではない。

だからこそ紹介の仕方の
至極難しい本なのである。

胸のすく解決シーンがある訳でもないし、
ヒロインの人生が
劇的に変化する訳でもない。

むしろ最初に掲げた
ワーキングガールの成長譚といういい方が、

たぶん一番間違いがない。

けれど決してその範疇に
ただ収まってしまってはいない。

この異質さがイギリスで
受けているのかもしれないなと
ちょっとだけそんなふうに思った。

ある種の異種配合とでも呼ぶべきか。


そしてだから最後のページを閉じた後、
改めて表紙を眺めた僕は、

上に掲載した訳書のカヴァーの
全面に敷かれた

明るいのか暗いのかも
すぐには判然としない

独特のブルーの色使いに
はたと膝を打ったのである。

ああ、確かにこの本の世界は
こういう色彩だったかもしれないな。

そう思ったのだ。

こういう造本は本当に素敵だなと思う。


そういう訳で
仕掛けと文章に引きずられ
一気に最後まで行った訳だが、

読み終えて改めて印象に残るのは
やっぱりヒロインの
変さ加減だったりするのである。

いずれにせよ楽しい時間を
過ごさせていただいたことは
間違いがないので、

今回取り上げてみた次第。



そんな次第で、浅倉の次の本はこちら
ハーパーコリンズ・ジャパンさんから
登場してまいります。

今年もまたこういう場で
あまり迂闊に書けないことが
いろいろとあったのですけれど、

僕の初の訳書となります。

次回更新の際は、
いよいよその話を書くつもりです。


また、河出書房様『文藝』の最新号には
短編「黒夜叉姫」も掲載されております。

もしお目に留まりましたら幸甚です。