ブログラジオ ♯27 Middle of the Road | 浅倉卓弥オフィシャルブログ「それさえもおそらくは平穏な日々」Powered by Ameba

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フィメール・ヴォーカリストによる曲をもう少し続ける。
今回は純正のロックンロールをベースにしたバンド。
シンプル・マインズの時にちらりと触れているのだけれど、
クリッシー・ハインドというシンガーがいる。
彼女が率いていたのが、この、偽装者たちとでも訳すべき、
プリテンダーズというバンドである。

お察しかと思われるが基本厚い造りの音が好きである。
アコピやシンセは当然で、ブラスや弦が、
ここぞというところで出てくるようなアレンジが好みである。
そうすると、プリテンダーズの音楽は
本来なら少し違ってくるはずなのである。

ところが彼らの選ぶギターの音色と使い方が
この不満をすっかり埋めてくれているのである。
むしろ、他ではあまり出会えないからこそ
一層好ましいほどの手触りを感じることもある。
エフェクターの類は、決して皆無ではないだろうが
ほとんど効かせられてはいない。
そのサウンドがクリッシーの歌声に絶妙にマッチし、
各トラックをバンド独特のものにしている。

たとえば初期のBrass in Pocket。
Aメロを主導しているのはむしろギターのストロークで、
それこそ歌は最初まるでコーラスでしかないかのように
これを追いかけるような形で配置されている。
しかも、この変則的な構成が極めて自然に思えるほど
二つの音色は見事に調和しているのである。
あるいはTalk of the Townの頭や間奏、そして最後の最後で
それぞれ一瞬だけ聴こえてくる少し切なげなコードワーク。
でなければBack on the Chain Gangのイントロも
まさにこの音色でなければ、という完成度である。

率直にいってクリッシー・ハインドの声は
ロックンロールというスタイルに載せるには
ほんの少しだけ澄み過ぎている。とりわけ高音で響いてくる
かすかに掠れた透明感は、他のシンガーでは到底出せない。
それ故の、このスタイルのチョイスなのだろうと思っている。

ギターによるバッキング・パターンが曲の全体を決定し、
リズム隊がそれぞれ工夫を凝らした方法でこれを支え、
そのうえに個性を持ったヴォーカルが変幻自在に乗ってくる。
まさにこういったスタイル/方法論こそが、
エルヴィスやボ・ディドリーが切り拓き、
エディ・コクランやチャック・ベリーが継承した、
ロックンロールのいわば伝統的なコードである。
ちなみにこのコードは和音(Chord)ではなく
様式(Code)のことね。ちょっとややこしいけれど。
初期のビートルズもそうだが、とりわけストーンズの音楽、
キースのギターによるアプローチが、まさに
このスタイルにきっちりと則っているといえるだろう。

プリテンダーズの音楽もこの点では基本的にほぼぶれない。
むしろ60年代~70年代の古きよきロックのエッセンスを、
時代のサウンドに合わせ巧妙に抽出している印象がある。
だからこのクリッシーの姉御は、僕の中では
どこまでいっても、たとえどんなバラードを歌ったとしても
ディーヴァ(歌姫)ではなく、やはりロッカーなのである。
バッキングがタイトだからこそ許される
採譜では決して再現することのできない
ヴォーカルの微妙な音程の揺らぎや、リズムのぶれ。
彼女の場合、とりわけこのセンスが途轍もなく素晴らしい。
早逝してしまったオーストラリアはインエクセスの
マイケル・ハッチェンスもまた、同じような資質に
非常に恵まれていたヴォーカリストだったと思う。
彼のあのような死に方は極めて残念だったと感じている。

さて、厳密には姉御はアメリカはオハイオ州の出身である。
しかしながら、彼女が音楽活動を開始したのは
まずは英国においてであり、バンドの初代のメンバーもすべて
イングランドの出身なのである。チャートアクションも
ほとんどの場合イギリスが先行している。なので今回は
英国のアーティストの一組として扱わせていただいている。

デビューアルバムから早速全英一位を獲得するという
実力相応とはいえ、やはり極めて幸運なスタートとは裏腹に
あるいはむしろそれ故にか、このバンドがその後
たどることを余儀なくされてしまった不幸な歴史や、
またキンクスや先のシンプル・マインズ、
もしくはビッグ・カントリー、
ザ・スミスといったシーンの他の
ビッグ・ネームたちとの関係については
今回は稿を譲らさせていただくことにする。
すでに十分長いのだけれど、他にまだ書きたい内容がある。

フェイヴァリット・トラックは文句なしのダントツで
Learning to Crawl収録のShow Meになるのだけれど
同曲については『北緯四十三度の神話』という
少し前の長編の中で解説めいたことまでさんざんやったので、
今回は同じアルバムからあえてこちらをチョイスした。
もちろんDon’t Get Me Wrongも考えはしたのだけれど、
なんだかんだいってやはりこの曲が一番
プリテンダーズらしいし、クリッシーらしい。
もっともShow Meは別格として、という留保は
当然つけさせてもらうつもりなのだけれど。

さて、ようやくMiddle of the Roadである。
アルバムの冒頭の収録だというのに、たっぷり四小節分くらい
録音されているのはドラムだけである。それだけでまず驚く。
そしてインパクトのあるコードストロークが
ベースと一緒に勢いよく飛び込んできて
曲とアルバムとの開幕を同時に高らかに宣言するのだけれど、
直後導入されてくるギタープレイのこのパターンがものすごい。
これが決まっているからこそ、姉御のいつもよりやや
へヴィーでシャープなヴォーカルが十分なまでに生きてくる。
さらにいえば、クリッシーがカウントする箇所から始まる
バッキングの極めてシックな加減とか、あるいは
コーダ直前のスピーディな歌唱からのシャウトとか
もうこの曲については本当に全編痺れっぱなしです。
ラストのハーモニカだって他には有り得ないほど絶妙だし。
80年代のロックンロールを代表する一曲だといって
まず間違いはありません。

あ、UB40のこと全然書けなかったや。
まあでも今回はもうこのくらいにしておこう。


では最後に恒例の使えないトリビア。
90年代を席捲した米国の代表的なシット・コム、
フレンズなるTVシリーズに、たった一話だけだけれど、
このクリッシー・ハインド姉御がゲスト出演を果たしている。
当然だが役柄はシンガーである。
御馴染みのレザー・パンツ・スタイルで
もちろんギターを背負って颯爽と登場し、
60年代のヒットチューンAngel of the Morningの
カヴァーをほんのワン・コーラスだけだけれど、
アンプラグドで披露してくれたりもしている。
しかし正直、最初見た時は相当目が点になった。
姉御、いや、まさかこんなところでお目にかかろうとは、
まるで夢にも思っておりませんでした、みたいな感じ。
どんな経緯で誰が彼女にオファーして、
どういう理由で姉御が出演を快諾したのか、
本当誰かどうか教えて下さいくらいに思っているのだけれど、
誰に訊けばいいのかさえわからないまま結局今に至っている。
しかもオチまで任されているのだから、仰天である。

ちなみにこのフレンズのレギュラーの一人である
モニカ役のコートニー・コックスは、
スプリングスティーンのDancing in the DarkのPVに、
また、ジョーイ役のマット・ルブランクは、
ボン・ジョビのSay It Isn’t Soのそれに、
それぞれ出演を果たしている。
いや本当、毎度毎度重箱の隅で申し訳ない。


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