シェークスピア作品に登場する太鼓腹で好色のお調子者、フォルスタッフを主人公にした新作文楽「不破留寿之太夫(ふぁるすのたいふ)」(河合祥一郎脚本、鶴澤清治監修・作曲、石井みつる装置・美術)は口当たりこそ笑いに満ちて楽しいが、その奥に人生の苦みや権威に対する皮肉が織り込まれた大人の喜劇である。
「ヘンリー四世」「ウィンザーの陽気な女房たち」を題材に、舞台を日本ともどことも知れぬ国に移して舞台化。
幕開き。琴や大弓、三味線がイングランド民謡「グリーンスリーブス」を思わせる旋律を幻想的に奏で、劇世界に引き込んでいく。満開の桜の根元で酔っぱらって高いびきをかく不破留寿(フォルスタッフ、桐竹勘十郎)。装束は色鮮やかな婆娑羅(ばさら)風だ。
主君の春若(ハル王子、吉田和生)とつるんで、やりたい放題生きてきた不破留寿だが、その行動にも終わりのときが-。春若が領主になった途端、不破留寿を所払いしたからだ。しかし、不破留寿は「別の国で愉快にやるまで」と悠々と去っていく。その姿には哀愁とともに人間のたくましい魂すら見えてくる。
不破留寿を豊竹英大夫(とよたけはなふさだゆう)、春若ほかを豊竹呂勢大夫(ろせたゆう)が勤め、独特の処世術を持つ不破留寿をイキイキと描き上げる。義太夫節にイングランド民謡を取り入れた清治の音楽が雰囲気を作り上げて秀逸。不破留寿を遣(つか)った勘十郎も自在で、ぜひともレパートリーとして定着させてほしい。22日まで、東京・隼町の国立劇場。(亀岡典子)