【東北点景 それから】(18)浪江で暮らしたころのように | 毎日のニュース

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福島県郡山市 今野富枝さん(66)

 ■一緒にチビ太と住みたいから、がんばって家を建てようと

 きょうは、チビ太と1カ月ぶりの再会です。こんなこと(取材)がないと、なかなか来られないですから、うれしいですよ。会いたいけど、そうですねえ、月1回ぐらいがやっとでしょうか。郡山と福島はやっぱり遠いですね。

 原発事故の前は浪江町津島で暮らしていました。警戒区域に入ってしまって、すぐに逃げなきゃいけなくなって、避難所を転々としました。チビ太はとりあえず親戚(しんせき)の家にあずかってもらって、一緒に住める場所を探したんですけど見つかりませんでした。郡山市でいま借りているアパートも、ペットは飼えません。

 困っていたとき、知り合いにこのSORAアニマルシェルター(福島市)を紹介していただいて、平成23年の5月から預かってもらっています。ほんとうに助かっています。

 家はいまも帰還困難区域のなか。20年に改築したばかりだったんですよ。見た目は変わらないけれど、何もかも使えない。もう浪江に帰ることはないんでしょうね。住めるようになるまで、20年とか30年とか…待っていられないですよ。

 名前の由来? ああ、チビ太はうちで生まれたんですけれど、最初生まれたのは3頭と思ってたんです。あとから本当に小さい子が1頭ちょこんって。それがチビ太。兄弟は近所に里子に出しました。出産後すぐに母犬が死んでしまったから、チビ太は亡くなった夫がいろいろ工夫して牛乳を飲ませて育てたんです。ほんと、思い出がいろいろありますね。