米国の経済学者、ポール・クルーグマンといえば、バブル崩壊後の日本経済が「流動性の罠(わな)」に陥ったと分析したことで、東京でも注目された。ご存じの向きにはくどい話だが、ノーベル賞を手にしたこの大家は、大学の教壇に立つ一方で、米紙ニューヨーク・タイムズに経済コラムを執筆している。
読者としての印象だと、この数年は人民元の為替問題など中国経済を取り上げることが多かった。辛口の筆致ながら、そこは専門家らしい抑制がちゃんと仕掛けてあるのだが、7月18日(電子版)に掲載されたコラムはやや異色だった。中国の経済情勢について、「兆候は疑うべくもない。中国は大きなトラブルに見舞われている」と、バッサリ切り捨てたのだ。
話のポイントは、中国の工業化を支えた農村の安価な労働力の供給が底をつき、賃金水準が上昇に転じたとする判断だ。これは、英国の経済学者、アーサー・ルイスが唱えた「ルイスの転換点」に中国が「到達した」との見方である。賃金の上昇については「それ自体は結構な話だ。賃金の上昇は、普通の中国人がやっと経済発展の果実を手にするのだから」と述べつつも、財政出動に支えられた投資に替わって、個人消費が中国経済の新たな牽引(けんいん)役となる可能性には否定的だ。トラブルとはすなわちここだ。
深刻さを「万里の長城への激突」と表現し、打ち砕かれる危険を明示