人工死産と呼ぶこと | 人工死産からの日々のキロク

人工死産からの日々のキロク

不妊治療で初めて授かった赤ちゃんは
Body stalk anomalyという
母体外では生きていけない病気でした。
赤ちゃんを人工死産した時の記録と
その後の日々の記録です。

人工死産とは、、、
”胎児の重い障害・奇形・病気で
母体外での生存が困難、
また妊娠を継続するのは
母体にとって危険などと診断され、
妊娠22週までに赤ちゃんを
人工的に出産すること”
という認識で私はこう呼んでいます。
個人的な解釈であって、
正確に人工死産の定義が
どういったものなのかはあまり
よく分かりません。

人工死産は、処置としては
中期中絶と同じです。
中絶という言葉をなるべく
使いたくないのは
中絶=生きることのできる
命を摘んでしまう

という印象が私の中であるから。

妊娠12週以降になると

①お腹の中で胎児が亡くなった
    場合(医学的には流産)
②経済的な理由などで出産が
   できない場合
③胎児の重い障害・奇形・病気で
   母体外での生存が困難、
   また妊娠を継続するのは
   母体にとって危険などと診断
   された場合

このいずれの場合であっても
普通の分娩(陣痛を起こし、
経腟からの分娩)に近い形で
母体外に胎児を取り出す
という処置の方法は同じように
思います。
(22週未満の胎児は、母体外において
生命を保続できない時期
であるため、②③の場合、
母体内で生きていても
母体外に出たことで亡くなる
ということになります。
稀に産声を上げる子もいる
みたいだけど、、、)

そして役所に死産届けを提出し、
胎児は火葬する必要があります。

中絶=生きることのできる
命を摘んでしまう

という印象がある、と書きましたが
私の場合、母体外での生存は
極めて困難だけど
母体内では育つことができ、
妊娠継続による母体の危険は
特に指摘されませんでした。

たとえ泣き声を上げることが
できないとしても
お腹の中ではもっと大きく
育つことはできたのだから
命を摘んでしまったことには
変わりありません。

決断に迫られていた時は、
頭の中がぐちゃぐちゃで
いろんなことがあっという間に
過ぎていってしまったけど
赤ちゃんを人工死産して家に帰って、
徐々に落ち着いて
人工死産がこの子にとって
一番良かったのか
分からなくなってしまいます。

あえて人工死産と呼ぶことは、
自分に対し、きっと仕方の
なかったこと
と言い聞かせるためでもある
かもしれません。