4月10日付の福島民報に、河野広中の企画展の記事が載っていた。

 

「河野が漢詩をしたためた羽織」の写真が目に入った。

 

記事には、「中国唐代の漢詩をしたためた」とある。

 

羽織を見ると、たしかに岑參の詩「山房春事」が書かれているようである。

しかし本来の詩と2つの文字が異なるのだ。

 

本来の漢詩(一部)は、

 

庭樹不知人去盡   庭樹らず くすを

春來還發舊時花   春来還ひらく の花

 

庭の木々は、かつてここに遊んだ人が皆いなくなってしまったことを知るよしもない。

春になって、また昔のままの花が咲いている。

 

しかし、広中は、「春」を「遠」とし、「還」を「春」とした。

 

庭樹不知人去盡   庭樹らず くすを

遠來春發舊時花   遠来春に発く の花

 

庭の木々は、かつてここに遊んだ人が皆いなくなってしまったことを知るよしもない。

春、遠来の友が集まって、あたかも昔のままの花が咲いたようである。 

 

とすこし変えている。

 

「人くす」とは、福島事件後、広中らが収監され、二千人が逮捕されたことを指すものであろう。つまり思想弾圧を暗示している。

 

広中は、漢詩の2文字を改変して、自らの胸中を表現したのである。

漫然と盛唐の漢詩を書いたのではない。

 

書に隠された意味を知らず、ただ、「中国唐代の漢詩をしたためた」とのみ解釈しては、宝の持ち腐れで、河野の真意は伝わらない。

 

石川町の企画展では、羽織の書をどのように説明しているだろうか。