栄原永遠男博士

 

平成三十年(二〇一八)十月二十日、「安積山の歌」木簡発見十年を記念して、発見者で大阪歴史博物館長の栄原永遠男氏をお招きして、講演会が開催された。場所は安積歴史博物館である。

これを主管した安積歴史塾は、星亮一、丹治徹、平川真理子、七海晧奘等各氏と安藤智重で結成した団体である。安積に関わる歴史の講座を開催して、郷土史の普及に努めている。

同氏の講演に先立って、岡部富士夫氏の指揮により「安積山の歌」の演奏が行われた。

 

湯浅譲二作曲「安積山の歌」(合唱曲・郡山JC委嘱作品) 郡山女声合唱団

土井晩翠作詞 橋本國彦作曲 岡部富士夫編曲「郡山市歌」(昭和六年 歌詞に「安積の山と浅香沼 古典の中にかんばしき」とある) 郡山市民オーケストラ

岡部富士夫作曲「安積山の歌」 郡山市民オーケストラ

 

栄原氏の演題は、「安積山の歌」木簡の発見―万葉集と郡山―、である。木簡発見の経緯とその意義や、前采女、清水台遺跡、阿倍安積臣、阿尺国造等を論じられた。

この時の記念品に、「安積山の歌」木簡レプリカをつくった。本物と同様、長さ約二尺、幅約一寸、厚さ一ミリ、檜材である。出土の文字に補って、表側に「奈迩波ツ尓佐久夜己能波奈布由己母理伊麻波々流倍等佐久夜己乃波奈」、裏側に「阿佐可夜麻加氣佐閇美由流夜真乃井能安佐伎己己呂乎和可於母波奈久尓」と印刷した。

このレプリカは、「郡山の歴史の語り部」として親しまれた丹治徹氏が考案した。製材や印刷には高度な技術を要する。同氏は製作可能な郡山市内の業者を探し出した。七海晧奘氏のご子息が難波津と安積山の歌の文字を木簡の書体に似せて墨書した。

平成三十年は、『万葉集』を編纂した大伴家持の生誕千三百年でもあった。大伴家持生誕と栄原永遠男氏の発見以来十年とを記念して、「安積山の歌」碑を建立した。場所は、安積采女ゆかりの安積国造神社の表参道入り口である。旧四号国道に面している。

碑陽は女流書家遠藤乾翠(かんすい)氏が揮毫した。ひらがなで、「あさかやま かけさへみゆる やまのいの あさきこころを わがおもはなくに」と書いていただいた。碑陰には安積采女の史実を刻した。

令和六年新春恒例の「歌会始の儀」が皇居で開かれ、題は「和」で、召人・栄原永遠男氏が左の歌を詠まれた。

 

歌木簡(うたもくかん)かかげ三十一(みそひと)文字をよむ(ぬく)き響きに座は和みたり

 

まさに安積山の歌木簡のことが令和の朝廷の晴れの場に披露された。千三百年の時を超えた、安積采女の栄誉でもある。