最近はあまり書いていませんが、以前はいろいろなフェイントについて書きました。
その中で、私としては「マシューズフェイント」が最重要フェイントの1つなんじゃないかなと思っています。
↓ディ・マリアのフェイントです。
ディ・マリアは右足でステップを踏む際に左足でボールを触っています。
それがマシューズフェイントなのですが、私としては軸足の右足でのステップを踏めさえすれば、左足でボールを触らなくてもいいと考えています。
ステップを変えることが大事なのだと思います。
私は、ボールコーディネーションはめちゃくちゃ大事だと思っている立場です。
同時に、試合中に利き足でドリブルするというのも大事だと思います。
ただ、あまり他の方が主張しているのは見たことがないのですが、個人的にドリブル(を中心とした個人技)で最も大事なことは「ステップを変える」ことだと考えています。
普通は「右左右左」の順に足が出ますが、どこかのタイミングで「右左左右」といった感じで、ステップを変えます。
もしくは歩幅を急に狭めたり伸ばしたりします。
南米二強のブラジルとアルゼンチンですが、表面上はまったく違ったやり方でドリブルしているように見えます。
ですが、本質的には、どちらも片足で2回けんけんするようなステップを入れるのは共通だと思います。
ブラジル人は「ジンガ」のリズムでステップを変えます。↓50秒付近からです。
そうった観点から見れば、たとえば↓ネイマールのドリブルは、ジンガを至るところで多用しているのがわかります。
対してアルゼンチンはもっとシンプルな気がします。ですがやっていることの本質は同じだと思います。
たとえば↓メッシの最初のドリブルです。軸足の右足に着目すると、左に抜く際に右右とステップを踏んでから左に切り返しています。
といいますか、メッシは半分くらいはこのステップの変化で相手を抜いています。
ステップを踏んでいる間に相手を見れて、自分のタイミングで行けるわけですので、後出しじゃんけんみたいなものです。
それはおもしろいように抜けるわけだと思います。
もうちょっと深堀りしてみます。
たとえば軸足を右右と2連続でケンケンの要領でステップを踏むわけですが、ケンケンしているわけではないのです。
というのは、右足が1回目に地面を離れた際、頭は下がっています。
つまりこれは「膝抜き」です。
落下するボールを最も早くキャッチしようと思うと、地面から足が浮きます。なので「浮き身」とも言います。
ですが、跳んでいるのではなくて、足は地面から離れても、身体は沈むのです。
↓の要領です。
もし膝抜きができるようになったら、次の段階で、たとえば右足立ちの状態から↑膝抜きをやってみます。
そしてボールをキャッチと同時に、左方向にダッシュします。
それができたら、次は足元にさらにサッカーボールを置いてみます。
そして上記の要領で、落ちてくるボールをキャッチしながら、左アウトサイドで切り返してみます。
これがスムーズにできると、上記したメッシ映像30秒のようなフェイントが身に付きます。
歩幅替えの名手は、なんといってもマラドーナだと思います。
↓は1986年ワールドカップでの、伝説の5人抜きです。
大きい歩幅と小さい歩幅を自在に使い分けて、ドリブルで抜いていっています。
アルゼンチン人は全般的に、タッチの歩幅を変えるのがうまい印象があります。
私の観点では、小学生のうちにめちゃくちゃテクニック練習をしてボール扱いがうまくなると、小学4年くらいまではおもしろいように相手を抜けます。そしてボール扱いがうまくなることは、無条件にアドバンテージで素晴らしいことだと思います。
ですが小学5年くらいからは、それだけでは抜けなくなります。
相手も身体能力がついてくるので、対応されるようになります。
ですが、小学高学年くらいでも抜ける子というのは、その一つの要因としてステップの変化を入れられるのです。
ただ、これはサッカーの練習をいくらがんばっても身に付きません。
というのは、質的に動きを変える必要があり、今できることを一生懸命にやった延長線上にあることではないからです。
そして、こういったステップの変化を入れられると、ドリブルだけではなくてプレー全般の質が変わってきます。
たとえば、現在世界最高選手と言われるベリンガムは、実にステップの変化が巧みなのだと思います。
歩幅を変えたり膝抜きしたり、実に多彩だと思います。
私はサッカーを学問として捉えています。
現代は飛躍的な科学技術の発達により、一流のプレーを簡単に見れるようになりました。
そして学問の本質とは「数ある事象のなかから共通の要因を探し出す」ことが一つあると思います。
ニュートンはリンゴが木から落ちることから万有引力を発見したと言われていますが、数ある事象から何を抽象化できるかが勝負だと私は思っています。
私は過去弱小チームで延べ30人弱育てて、関東大学リーグキャプテンと副キャプテンをそれぞれ輩出できました。
市内最弱レベルから、J下部出身者や強豪高校出身者ひしめく関東大学リーグで活躍する選手を2人も輩出できたのですから、私は当時の私のコーチングは意味があったと自信を持っています。その実績があるから、サッカーブログを書き始めた経緯があります。
そしてそれは、結局抽象化が当時はうまくいったのだと思います。
たとえば、私は2000年前後、↓のような「3対1」をやっていました。
こういった練習をバルサ・カンテラでもやっているということを知ったとき、私は「勝った」と思いました(笑)。
当時必死に考えたことが、バルサでやっていることと同じ様なことだったのです。
ただ、コーチに復帰したのがここ数年で、今の私のコーチングの結果が問われるのは10年以上後になります。
今は、サッカー界も当然進歩しているでしょう。
私は「新人コーチ」のつもりで、最近ではプレミアリーグやリーガエスパニョーラを見漁っています。
自分の観点で、サッカーを抽象化する作業を日々やっています。
そして、まだ具体的な形になってはいませんが、私なりに漠然と思うことが出てきました。
それは「サッカーのレベルはある面は上がっているけど、ある面は非常に落ちている」ということです。
上がっているのは、フィジカルやインテンシティ、トラップやロングキックの精度などだと思います。
落ちているのがドリブルの技術、1対1の対応、そして最も大切なこととして、細かいタッチや細かく場面を見る目、そして「正対する技術」だと私は考えています。
その辺のことは、また書きたいと思います。