昨日の居残り練習でのことだった。
3年生捕手の小西凌也がフリーで捻挫をしてしまった。
小西は寮長の三宮さんに連れられて川村接骨院に向かった。
「あら、三宮ちゃん、お元気?隣は野球部の子やね。野球部員が来てくれるのって久しぶりやわ。おばちゃんも1年ぶりの出演違うか?今回はどないしたん?また骨折?可哀そうになあ。でもまだ夏まで1カ月以上あるから、大丈夫やで。骨折は1か月あったら治るからな。まあ、おばちゃんがやらんでも誰がやっても1か月やけどな。」
挨拶もそこそこに、おばちゃん節がさく裂した。
これがうわさに聞いていた川村のおばちゃんかと、小西はちょっとした感動を覚えた。
「いえ、骨折じゃなくて捻挫だと思うんですが。」
「ほほお、そうかいそうかい。ちょっとおばちゃんに見せてみい。どれどれ…これは確かに捻挫やな。20日間の安静が必要やから6月3日には完治するわ。どっちにしろ夏には間に合うから安心んし。」
「でもおばちゃん、俺は控えなんであんまり関係ないです。」
「ええっ!!!」
おばちゃんは心底ビックリしたような叫び声をあげた。
「なんで小西君が控えなんや?めっちゃええ能力してるやんか。守備に関してはホンマに天下一品やし、打力もまずまずええやんか。キャッチャーやから足はそんなに速くなくてもいいし、小西君みたいな選手を使わんなんて、小林監督も耄碌したもんや。」
小西凌也(20220118)の能力
「でも俺、未だ公式戦に出た事ないんです。」
「まだまだ諦めたらあかん!諦めたらあかん事は先輩の山ちゃんが教えてくれたんやないか?」
山ちゃん事、山路春紀は1年上の先輩だ。
公式戦は秋季大会こそベンチに入ったものの、地区大会で1試合投げただけで、甲子園も春の大会もベンチに入れず、怪我を繰り返して諦めかけていた時に、川村のおばちゃんに励まされ、見事に最後の夏にベンチ入り、そして胴上げ投手となった。
「山ちゃんは最後まで諦めへんだで。だからこそあんな素晴らしい場面に立って、素晴らしいプレーを見せてくれることが出来たんや。小西君やって、立派な能力やんか。諦めるのはまだ早いで。怪我が治ったら大暴れして、監督に俺がおるって見せたりいや。」
おばちゃんはそう言いながら、患部の手当てを続けた。
山路先輩、自分も球を受けたことがある。
去年の夏の決勝は、本当に胸が震えた。
そう、まだ諦めない。
幸い、捕手だけはまだレギュラーが決まっていない。
最後まで狙っていくぞ。