今回もフィリピンから投稿させていただきます。

 

今回はスービックから少し離れた場所なのですが、ピナトゥボ山についてご紹介します。

1991年に20世紀でも最大規模の噴火を起こしたピナトゥボ山ですが、現在は観光地と しても整備されており、スービックのあるサンバレス州の隣、パンパンガ州からは日帰りのトレッキングコースも開設されており、乾季にはエコツアーで多くの 観光客を集めているようです。実際にここから登った知人に尋ねてみると、道は整備されていないものの、ある程度までは車での移動が可能で、勾配はきついものの片道2時間弱で山頂の火山湖まで到達できるそうです。

 

この話を聞いて、私はそんなに簡単に登れるルートができたのかと驚いたのですが、私も実は8年ほど前にピナトゥボ山登頂を試みたことがありました。昔の話になりますが、今回は私が登ろうとした際の写真をご紹介させていただきます。

当時の私は前職で以前もご紹介したアエタ族と関わっており、彼らの山中の村に滞在することが多かったのですが、ここはサンバレス州のサンマルセリーノという行政区の中にあり、ピナトゥボ山からは10数キロ離れた程度の場所にありました。このように比較的近い場所に滞在 することが多かったのですが、自然の中の精霊を信仰するアエタ族にとってはピナトゥボは精霊の長が住むという聖地であり気軽に足を向けるという場所ではな く、また、噴火後に大きく地形が変わったことから山への道も無く、なかなかピナトゥボに向かう機会はありませんでした。

しかし、私が帰国を考えていた頃に、やはり一度は登ってみたいと友人たちに話したところ、噴火当時は幼く、ピナトゥボに登ったことが無いアエタ族の青年が15人ほど集まり、23日で登ってみようということになりました。誰も正確なルートは分かっていなかったのですが、まあ何とかなるだろうという軽いノリでの出発です。



アサヒコーポレーションのECO・BLOG   アサヒコーポレーションのECO・BLOG

最初はこういった景色を楽しみながら火山灰の砂漠をひたすら歩く道のりでした。


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しかし、徐々に道と呼べるようなものもなくなり、まずはこんな崖の谷間を進みます。写真で見にくいのですが、赤い印をつけたのは落石で、崖の上に不安定に乗っています。


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次の難関はこんな崖でした。とても素手では登れなかったのですが、友人数名がどこからか竹を運んできて即席の梯子を作成、どうにか登りきることができました。


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しかし、極めつけはこの斜面です。ほとんど垂直に近い場所ですが、赤い印をつけたところを2人が登っています。木でも生えていればまだ足場が取れますが、表面を草が覆っているのみで、草もつかむと抜けるような場所でした。ここは私も含めてほとんどが脱落、迂回して進むことになりました。


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そんなこんなで1日半進んだのですが、結果としてはピナトゥボに到達できず、引き返すことになりました。

原因は単純に道を間違えたことです。帰宅してから地図で調べたのですが、少し間違えたと言うようなレベルではなく、途中までは比較的正確に進んでいたのですが、ある地点からほぼ90度逆の方向に直進していました。10数キロのはずがおかしいと皆が考え始めた頃、突然遠くに海際を走る国道が見え、そこで間違いに気づきました。進路の修正を試み更に1日かけて進んだのですが、まず準備していた食料が無くなり、それでも友人が狩りをして野鳥を取ってきたのですが15人分の食料には程遠く、とうとう断念して村に戻ることとなりました。

 

かなり昔の話になってしまいましたが、最近登った知人の話を聞いて懐かしく思ったため、今回ここでご紹介させていただきました。当時一緒に登った友人に2ヶ月ほど前に会った際、今度こそは確実なルートを見つけたとも話していましたので、またいつか挑戦したいとも考えています。

 

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門井