武者小路千家の若宗匠の文章を片っ端から読んだ時期がありました
そして
若宗匠が主催する「随縁茶話」という会に参加し
直接お話を聞いていました
このときに聞いたことそして書物で読んだことが
私の中に残っていたのだとおもいます
楽茶碗についてです
千利休は自らの価値観のもと、国産の茶碗をプロデュースします
それが長次郎に作らせた楽茶碗でした。
・・・
一国一城と取引されるような高価な唐物を珍重した
従来の価値観を一変させる意図が感じられます。
”道具のための茶”
だったのが、初めて、
”茶のための道具”
へと逆転したのです。
・・・
楽茶碗は手づくねで、掌にすっぽりと収まるような形をしています。
楽茶碗を実際に茶事で使ってみると、
利休の意図がよく伝わってきます。
たとえば黒楽茶碗は利休が提唱した暗くて狭い茶室の闇に沈みます。
赤楽茶碗は土壁の色、
あるいは手に持つ人の肌の色と同化して、
器自体の存在を消します。
手取りも軽く、
まるで手のひらでじかに茶という液体を包んでいるかのような錯覚さえ起こさせます。
道具の存在を消すことによって、
茶そのものと主客の交わりにスポットが当たるような茶の湯。
利休の目指した茶のあり方を体現した象徴的存在が楽茶碗でした。
(茶味空間P117 ~119より引用 ・・・部分は中略)
この言葉が私の楽茶碗の認識となっていました
近藤立身さんが
インスタグラムにご自身の楽焼を載せている時に
「これは本物ですか?」
とおききしてしまいました
本物をよく知らないこで
本物の写真を引用して載せているのかと思ったのでした
そのくらい思っているものに近かったのです
だから
大きさと形
にこだわったのだと改めてわかりました
こちらが我が家に来た黒楽茶
形
実家の市田柿(干し柿)を菓子として食べ
まずは薄茶を点ててみました
点てやすいです
そして
濃茶を練りました
我が家の茶室として使っている和室
茶のときには
明かりを取り外します
だから
暗めなんです
この写真を取ったときには
写真のために明かりをつけました
暗いところならば
茶の香りと舌触りと味
だけをダイレクトに感じることでしょう
目で見た時
よく茶が見えないのですから
茶碗と一体化した感じ
やっぱりこの茶碗には
濃茶が似合うと思いました
何度も自分のためにこの茶碗で濃茶を練り
茶碗を育てていきたいと思います
いつか
この茶碗の良さを語り合える人を我が家に招き
茶事をする夢ができました
近藤立身さんありがとうございます





