茶花 山吹 と 太田道灌

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先日のお稽古で

茶杓の作者が「 藤田寛道(ふじたかんどう)でした

 

そして何かの話のつづきで「山吹」の話が話題になりました

 

「おおたかんどう」ですね!

と知ったかぶりをした私キョロキョロキョロキョロキョロキョロ

 

「おおたどうかん」だから!

と先生のツッコミ!

笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

うろおぼえでしたので

ブログに書いてちゃんと覚えようと思いました

 

太田道灌(おおたどうかん)

室町時代の武将で上杉定正の家臣

最初の江戸城をつくった人だそうです

和歌も嗜んだそうです

 

有名な山吹の話とはこちら

若き日の太田道灌が

蓑を借りようと小屋に入ったところ、その家の若い女が何も言わず、山吹の花一枝を差し出したので

道灌は怒って帰宅したのち

山吹には

七重八重花は咲けども山吹のみのひとつだになきぞ悲しき

和歌が託されていたのだと教えられ無学を恥じたという話です

『常山紀談』という江戸時代に成立した逸話集に載っています

 

もともとの和歌は

『後拾遺和歌集』(平安時代) に見られます

ななへやへはなはさけども山ぶきの

みのひとつだになきぞあやしき

兼明親王 (かねあきらしんのう)の作として載っています

 

画像はお借りしています

 

詞書(ことばがき)がついています

 

小倉の山荘に住んでいました頃、雨が降った日、蓑を借りる人がいましたので

山吹の枝を折って取らせました

その人はわけもわからずに通り過ぎまして翌日

(蓑を借りようとしたのに)山吹を折って渡された意味がわからなかった

ということを言って寄こしてきましたので

返事として詠んで送った歌

 

七重八重に(あでやかに)花は咲くけれども

山吹には実の一つさえもないのがふしぎなことです

わが家には、お貸しできる蓑一つさえないのです

 

訳すとこのようなもの

 

この和歌が江戸時代にはいり

「あやしき」部分がもっとストレートに伝わるように「悲しき」

に変わったものと思えます

 

「実の一つだに」

「蓑ひとつだに」

の掛詞が使われた和歌ですねー!

 

 

画像はお借りしています

 

茶花として今の時期使われることが多い花です

山吹色という色の名前にもなっている深みのある黄色です

日本の黄色は

菜の花の色よりもたんぽぽの色よりも

山吹色がピッタリ来る気がします

 

 

はじめて太田道灌の話を聞いた10年ほど前に

あれ?白い山吹には実がなるはずだよー?

と思った記憶があります

これがその実です

子供の頃採って遊んだ記憶がありました

 

画像お借りしました

 

この黒い実は

白花山吹(しろばなやまぶき)

の実でした

調べてみたら

名前は「山吹」ですが実は山吹の花とは別物ということがわかりました

 

山吹の花は花びらが5枚です

これは4枚です

 

また葉っぱの形状も違います

白花山吹はくっきりしていて規則正しく折り曲げられてついたような葉脈で葉も硬い感じです

山吹はもう少し柔らかい葉脈です

 

この白花山吹を茶花に入れたら

太田道灌

の逸話は使えないな―と思いました