いづれの人か筆をふるひ詞を尽さむ
(だれも言葉で松島の素晴らしさを表すことはできないだろう)
松尾芭蕉の「奥の細道 松島」
の最後の方に書かれている文です
「松島やああ松島や松島や」
という田原坊の狂歌はこの芭蕉の言葉を受けてのことでしょう
行ってみました、松島へ
船に乗って島をめぐる50分のコース
波に削られてむき出しになった岩の上に松が茂っている様子は面白い
しかし
だんだんに眠くなり
芭蕉の感動に共感できませんでした![]()
主人は
奥の細道の文を読むほうが感動する![]()
と言っていました
松島に行きたかったもう一つの目的がお菓子
以前お茶事で使おうと思い取り寄せた思い出があります
茶席用の麦芽糖を使ったものなどありましたが
食べ比べた結果
プレーンが一番美味しい![]()
ので
それだけがはいった一箱を求めました
赤ちゃんせんべいのような食感と味です
とても薄くパリパリしています
・・・・・
菓子のいわれはまた
・・・
多賀城跡に移動
平安時代の律令制に伴い設けられた
東北支配のための城
といっても
常は今の役所のような働きをした場所です
江戸時代に建てられた石碑
「つぼのいしぶみ」
と書かれています
それがこの石碑
お堂に入っています
それだけ大切なもののようです
日本三古碑の一つで724年に建てられたそうです
多賀城が作られたときのことが記されています
西 と 多賀
しか読めませんが
この碑のことを「壺碑」とよび歌枕になり
芭蕉も訪れて感動したそうです
ここで野点
菓子 松島こうれん
(赤ちゃんせんべいみたいでしょ?)
風が強くて茶杓はお茶の缶に乗らず茶筅も倒れます
薄の絵の織部茶盌で
東屋のベンチで一心に点てていると
「こんにちはー」
と観光のオジサマが声をかけてくださいました
ベンチに腰掛けていらっしゃるから
一服さしあげようかしら?
とおもってお茶を持ち上げると
もうすでに姿はなく・・・
ちょっと残念でした
風に吹かれて
平安の頃から芭蕉の江戸の頃そして令和の今
ここで茶を点てている自分が不思議でした
近くの道端に
吾亦紅(ワレモコウ)
自生しているものは久しぶりです
釣鐘人参(ツリガネニンジン)も
秋が来ています












