テレビを見ていたら、

「人は34・60・78で急に老化する」

という話が流れてきました。


思わず、なるほど…と。


確かに60歳前後って、

体も、

見た目も、

大きく変わるタイミング。

筋肉量が落ちたり、

代謝が下がったり、

女性の場合はホルモンの変化も重なる。


いわゆる「老けた感じ」が

一気に出やすい時期なのだと思います。


でも、ふと思ったのです。

私はその“手前”で、

ダイエットをしていたな、と。


還暦を迎える少し前、

私は−15kgのダイエットを経験しました。


そして今も、

3年以上リバウンドしていません。


あの時やっていたのは、

ただ体重を落とすことではなく、


生活を整え、

選ぶものを変え、

満たし方を知ることでした。


「老けた」

というより、

むしろ、

「少し若返った」

ような感覚があるのです。


節目というのは、

ただ年齢を重ねるポイントではなく、

整え直すタイミング。

そこで何を選ぶかで、

その先の自分は大きく変わる。

ダイエットは、

減量ではなく、

生き方そのもの。


60歳前後で

人は老けるのではなく、

整えなければ、

そのまま老けていく。

そして逆に言えば、

整えれば、

そこからでも変わることができる。

美しさは、

年齢で決まるものではなく、

日々の選択の積み重ね。

私はそのタイミングで整えたから、

今の自分があるのだと思います。

節目は、

老けるためにあるのではなく、

美しくなるためにある。






4月1日。

今朝は、

少しだけ不安と

焦燥の中で目が覚めました。

理由ははっきりしないけれど、

何かが動き出しているような、

そんな感覚。



今日は早朝から、

コーチトレーニング。

「神メンタル」

2season目がスタートしました。


その序章で語られたのは、

「人生の9割はメンタルで決まる」

ということ。


メンタルで決まるのなら、

お金も、人も、環境さえも

本質ではないのかもしれない。


そんなふうに、ふと思った朝でした。



そして、ふと目に入った

9年前の自分の投稿。


「心も身体も流れを良くしたら、

また一枚一枚薄皮を剥ぐように、前進してみようかな。」


あの頃の私は、

まだ何もわかっていなかったと思う。


けれど、

すでに“知っていた”のかもしれない。


無理に変わろうとしなくても、

人は少しずつ整っていくということを。



初々しさの中にあったプレッシャーは、

「変わらなきゃ」

ではなく、

「思い出しなさい」

というサインだったのかもしれない。



9年という時間をかけて、

私はやっと、

あの頃の自分に追いついたのかもしれない。



いい女の会のことを考えはじめて、

今、ここにいる。


何かを新しく作ろうとしているようでいて、

本当は違うのかもしれない。




ずっと前からあったものを、

思い出しているだけ。




美しさは、

つくるものではなく、


思い出すもの。



文章スラスラカード

書くことを使命だと感じた気がする。



今日、

とあるビルの窓、

思わずガン見した⁉️

怖くないキックボクシングジム

窓に貼られたその一文に、

ふっと笑ってしまった。

キックボクシングといえば

きつい、

ハード、

怖い。

ちょっと強面⁉️のお兄さん、笑


そんなイメージを

誰もがどこかで持っている。


でも、その言葉は

その“思い込み”を、

軽やかにほどいていた。


怖くないんだ。


そう思った瞬間、

ほんの少し、距離が近くなる。


そして気づく。


これ、ダイエットと同じじゃない?


ダイエットもまた

「きつい」

「我慢」

「続かない」

そんなイメージで見られがち。


でも本当は、


怖くない。


むしろ、整っていくもの。

むしろ、自分を大切にする時間。


ただ、最初の“思い込み”が

扉を重くしているだけ。


だからこそ、


言葉はやさしくていい。


入口は、軽やかでいい。


「怖くないキックボクシング」


その一言に、

私はちょっと惹かれている。


そして同時に、


少しだけ、

やってみたいと思っている自分がいる。


人はきっと、


怖さではなく、

軽やかさに導かれて動き出す。


怖くないダイエットスクール

そうだ❗️

明日、やってます❗️




        お申し込みは こちら💁‍♀️ ↑↑


整えたい人は変われない。整えようとする人だけが美しくなる。


「整えたいんです」


そう言う人は多い。


でもその言葉は、

どこか外に向いている。

変えてくれるものを探している。




人も、

ものも、

方法も、

すべては道具。

どう使うかは、自分次第。




そして

変わる人は、

やる気で動かない。

やると決めている。




私も、疲れている日がある。

それでも整えることをやめない。


淡々と、続けている。



そして本当に難しいのは、

その先。


痩せることより、

リバウンドしないこと。




痩せるは

現象。


リバウンドしないのは、

生き方。




戻る人は、元に戻る。

戻らない人は、

もう選び方が違う。




休む日があってもいい。

でも、やめないこと。


また戻ってくること。




整えることは一直線ではない。


それでも続ける人は、

静かに変わっていく。




美しさは、完成ではない。


整えようとする在り方、

それそのものである。



私は3年間

リバウンドしていません。






最近、

お彼岸だったから?

祖父のことを思い出していた。

私が幼い頃に亡くなっているから、

直接の思い出はないのだけれど、

父からは

宮大工をしていたとだけは

聞かされている。


そんな時に、

実家からの帰り道に立ち寄った、

二重焼きのお店。

人気店だから取置きを電話で

頼んでおいた。


そしてお店の窓口で

ふと目に入ったメモに、

私の旧姓◯◯❗️

そして今の苗字

並んで書いてあった。

一瞬、えっ?て。

それは私の旧姓って、

結構なレアネーム。

小さな町とはいえ

会うことなどない。



そしてその場には、

知っている顔は一人もいなかった。


不思議だった。


けれども

繋がっているんだな、と。


最近、

祖父のことを思い出していたことも、

この名前が並んだことも、


全部がひとつの流れの中にあるようで。


過去と今は、

切り離されているようでいて、

こんなふうに、

ふとした瞬間に重なってくる。


説明はできないけれど、

確かにそこにあるもの。


それを感じられた日だった。




縁は、姿を見せずに

触れてくることがある。


私は私の名前に

導かなていた。