決してやり過ぎちゃいけない。
決して息の根を止めちゃならない。
基本は、ケンカはするなである。
自分がやられて嫌なことはするなである。
しかし、するならば
互角の力関係のものが、一対一でするものだと思っている。
双方に己の理があるからケンカになるのである。
どちらか一方が悪いわけでもなく、各々に責任があるのだ。
多勢に無勢でやっつけちゃならない。
自分が強いと思う者は、弱い者イジメしちゃならない。
イジメられた側は自分をあわれな被害者となってはならない。
陰口はたたくな。言いたいことがあるなら直接本人に言え。
今置きてるケンカの原因に、過去の未解決の出来事を付け加えるな。
未解決の課題は、今のケンカが建設的な打開策を見出したあとに、それをより良いものにする為に使え。
ケンカで一瞬、勝敗が決まったように見えても、
勝った側も負けた側も支配者と奴隷に成り下がってはならない。
ケンカという現象を見るもの(観察者)は、どちらか一方に肩入れせずに、お互いの言い分を聞いてやれ。
お互いがやり過ぎないように見守りながら、
真ん中から双方の言い分を
より自然の摂理に沿うように導いてやれ。
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自分の頭の中に、この観察者を置くことが出来る。
強烈なアンビバレンツも自分の中の観察者の力で、統合し、サバイバルのために、種の成長のために使うことが出来る。
私は、人を含む自然からこれらを教わった。
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小学2年の時に、4歳離れた姉の同級生男子2人に石で攻撃された際、このままではやられっぱなしになると向かって行き、2人の手に噛み付いて泣かした。
この2人は、姉に関心があったようで、気を引くために私にちょっかいを出したようだった。
一方、顔も名前も知らない2人に、何の理由かもわからぬ状態で攻撃された私は、
直ちに私に石をぶつけることをやめさせたかった。
そして今後も同様のことをされぬようにせねばならなかった。
やめてと言ってもダメだったので、やるしかないと、
本能的に、石を投げつける手を狙いをつけ向かっていった。
2人の中で強そうなやつに目星を付け、そちらに照準を合わせた。
結果、2人ともに噛み付いて泣かしたのだが、
そこから生まれたことは、
圧倒的に有利な立場だと思って狙った相手に、
返り討ちにあい、
目的である姉の気を引くことには、成功したものの、
期待したであろう「もっと姉と関わり合い知りたい」という本来の目的を達成することが出来なかったこと。
そして、もう一方に生まれたことは、
この2人はひどい目に合わされたという意識を感じ、先生に私に噛まれたと言いつけた。
それを受けた先生は、自分の可愛い生徒が私に流されたと、一方的に私が悪いとうちの親を責めた。
それを受けた母親と姉は、恥をかかされたと私を責めた。
(姉はその後この2人とは口をきかなかったそうだ)
チェーンリアクションである。
それに伴い、
私の中に、
私の道理と、みんなの道理が全く異なるということと、噛んだことがやり過ぎたのだということの学びが生まれた。
このケンカ騒動に端を発し、
連日、私は、色んな男の子達からケンカを売られるようになった。
ピーク時は、授業と授業の合間の休憩時間にもケンカを売られるようになった。
これは、私にとって非常にラッキーなことだった。
戦い方と加減を知りたかったからだ。
私の仮想の敵は、父だったので、
(父 ≧ 先生 ≧ 攻撃を仕掛けてくる子達)
攻撃されても父の鉄拳に比べて、子供の打撃など屁でもないと思っていた私は、
10対1の条件下でも、一度も負けたことがなかった。
次第に、大勢の生徒の中で、私は、先生のいう事にも従わない、乱暴者 ( ≒ ワルモノ)という認識となった。
これも私にとって都合が良かった。
やりたいように出来るからだ。
だが、それも行き過ぎると、悪いことが起きると、やってもいなくても私がやったことにされることも起きた。
口をつぐんでいたら、
普段のケンカ相手達が、私はそういう「弱い者イジメはしない。」と、仲裁に入ってくれたのだ。
その時は、自分以外味方などおらぬと思っていたから、心底びっくりした。
思いがけぬ援軍に、言葉にはしなかったが、心の中で感謝した。
ケンカという切り口で、私という観測者が見た世界の中で体験を通じて身にした、冒頭で現時点での鉄則を書いたが、
そもそも私の物語は、
仮死状態で、助かっても9分9厘脳に障害が残るであろうという状態で生まれたのち(結局、頭は無事だったが、処置の間に股関節にダメージを負ってしまった)、
両親から要らない子として物心つく前に育てられたことから始まった。
子供の頃の生き抜く原動力は妹だった。
2歳の誕生日の一週間後、妹が生まれた。
祖母に連れられ病院に行って見た妹は、猿そのもので、
「この子、殺されちゃうかもしれないから、私がお母さんになって守ってやろう。」という強い思いだ。
祖母に連れられ病院に行って見た妹は、猿そのもので、
「この子、殺されちゃうかもしれないから、私がお母さんになって守ってやろう。」という強い思いだ。
(成長の過程で、妹は殺されないだろうと、あたりがついたので、あとは困ったと相談された時にしか助けていない。)
ケンカの他も、幸い人や動植物を含む自然から多くのものをもらい生きてきた私は、今まで一度も自分を不幸と思ったことがない。
困った時にはいつでも神風が吹いたようなことが起こり、助けてもらってきたからかもしれない。
悪運の強さには相手に舌打ちをされるほどである。
今まで書いたことは、
もしかすると、死にかけて生まれた赤ん坊の私が
生死の間をさまよいつつ見ている夢の中の物語なのかもしれない。
だとしても、まだ残された命題である、母のカルマをいかに浄化し、心から幸せを感じてもらえるか
自然から培われた観察者の目を通し、父から鍛えられた力を使いながら、新しい物語の続きを作っていこうと思う。
言葉は、括りが強すぎて、
多すぎると、本質からどんどん遠のいてしまう。
言葉で伝えることは難しい。
今日で一旦、このブログは区切りをつけよう。
