忠度、俊成に巻物(歌集)を渡す当時、勅撰和歌集(天皇や上皇の命により編纂された歌集)に、自分の和歌を載せてもらうことは歌人にとって、何よりもの名誉であり、無上の喜びであった。
『方丈記』の作者として有名な鴨長明は、歌論書『無名抄』に書き残している。
「誠にこの道の冥加(みょうが)、身のほどにも過ぎたり」
神仏の御加護によるものであり、身に余ると喜んでいる。
長明も俊成編纂の『千載和歌集』に一首、採録されたのだ。
現実的には、公家社会においては和歌の一つも詠めないと、恋愛すらできないという側面があった。
和歌だけが自分の気持ちを伝える手段であり、相手の心に届く和歌を詠める者は異性にもてたのではないだろうか。
…… ……
○薩摩守のたまひけるは、「年ごろ申し承つて後、おろかならぬ御事に思ひ参らせ候へども、この二、三年は京都の騒ぎ、国々の乱れ、
薩摩守がおっしゃるには、「数年来、和歌の道を教えて頂くようになってから、俊成様をおろそかに思ったことはございませんが、ここ2、3年、京都では騒ぎが起こり国々は乱れ、
○しかしながら当家の身の上のことに候ふあひだ、疎略を存ぜずといへども、常に参り寄ることも候はず。
すべては当家に関わることですから、失礼申し上げるつもりはなくとも、思うようにお尋ねすることは叶いませんでした。
○君すでに都を出でさせ給ひぬ。一門の運命はや尽き候ひぬ。
安徳天皇もすでに都を出られました。一門の運命はもはや尽きております。
○撰集のあるべき由承り候ひしかば、生涯の面目に一首なりとも御恩を蒙(かうぶ)らうど存じて候ひしに、やがて世の乱れ出できて、その沙汰なく候ふ条、ただ一身の嘆きと存じ候ふ。
近々勅撰集の編纂があるとお聞きし、わが生涯の名誉に一首なりとも入選のご恩顧にあずかればと存じておりましたが、まもなく世の乱れが起き、編纂の指示が取り止めになりましたこと、嘆かわしいことに存じます。
○世静まり候ひなば、勅撰の御沙汰候はんずらん。これに候ふ巻物のうちに、さりぬべきもの候はば、一首なりとも御恩を蒙りて、草の陰にてもうれしと存じ候はば、遠き御守りでこそ候はんずれ」とて、
世が静まりましたら、勅撰のご指示もございましょう。この巻物の中に、すぐれた歌がありますなら、一首でもご恩顧をいただいて、草葉の陰でもうれしいと思いましたら、遠いあの世から俊成様をお守り致します」といって、
○日ごろ、詠み置かれたる歌どものなかに、秀歌とおぼしきを、百余首書き集められたる巻物を、今はとて、打つ立たれける時、これを取つて持たれたりしが、鎧の引き合はせより取り出でて、俊成卿に奉る。
日々詠んでいた歌から秀歌と思われる歌を百余首書き集めた巻物を、今はこれまでと都落ちのとき身につけていたが、それを鎧の引き合わせから取り出して、俊成卿に差し上げた。
…… 原文に忠実な訳ではありません ……
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