
「ここから鬼城山まで、普通にペダルを漕いで50分から1時間はかかります。途中、道に迷うとか、何か困ったことがあったら遠慮なく電話して下さい。すぐに迎えに行きます。自転車に当店の電話番号が書いてあります」
時計の針は午後1時を少し回っているが、どうも時間だけを心配してのことではなさそうだ。
鬼城山登山口までの決して平坦ではない道のりと、そこから標高400m近い鬼ノ城までの急峻な山道を案じてくれていたのだろう。
商売っ気など微塵もなく、まるで心を許した同好の士に対する接遇ぶりだ。
よそ者の私が、鬼ノ城や温羅伝説に強い関心を寄せていることがよほど嬉しいのだろうか。
自転車を借りるとき、名前や住所、電話番号を所定の用紙に書くこともなかった。
もとより私は一見さん、恐縮する他ない。
いよいよ古代吉備国の数ある遺跡の中でも、とりわけ謎に満ちた鬼ノ城に向かう。
この時点では、鬼ノ城は白村江の戦いに惨敗した後、天智天皇の命令で唐・新羅連合軍の侵略に備えて築いた古代朝鮮式山城という説だけではなく、それよりずっと以前に、吉備が拡張主義をとる大和との戦いのために築城した、あるいは出雲の侵攻に備えた、あるいは……など、自由に想像の翼を広げることができた。
この奔放な翼が、後日、県立博物館のバスツァーに参加して、現地で発掘調査の成果の説明を受けることによって急速に収縮することになる。
考古学はそれ自体にこそ夢を追いかけているようなロマンがあるが、反面、発掘された遺物・遺跡という目の前に突き付けられた現実は、想像の可能性の幾つかを非情にも摘み取ってしまう。
想像の翼の幾つかをもぎ取り、可能性を限定してしまうのだ。
お月さまで、うさぎは餅を搗いていなかった。
冷徹な学者の仕事は、そこから始まるのだろうが……。


白村江の戦い・元寇・秀吉の朝鮮侵攻

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