紡績(綿)と合繊(化学繊維)の時代の
人々の思考は当時の新聞記事から読み取れました。
たとえば私は今33歳ですが、当時33歳だった人たちとの
考え方に大きなギャップを感じます。
先人は知恵もくれるけれど
間違いもおかしている。
今回は日本の繊維産業の構造的問題に対比させて
大麻草で繊維産業をやっいくときの意思的なこと
書いていきます。色分けしておきますね。
参考文献:『日本の繊維産業 なぜこれほど弱くなってしまったのか』
(伊丹敬之+伊丹研究室)
2001年に出版された書籍です。
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産業構造のゆがみ
ファッション性の高いアパレル産業が、日本でこれまで発展しなかった基本的な理由は二つあると思われる。
一つはデザイン能力を日本企業が十分には蓄積できてこなかったことである。
人材蓄積や企業のノウハウの蓄積の長い誤りの累積であろう。
(デザイナーのデザインする範囲はライフスタイルそのもの)
もう一つの理由は、織物産業での高付加価値化路線に成功しなかったことである。
織物の品質がじつはアパレルのファッション性の背後にある。イタリアがその典型例である。つま り、アパレルは織物が育て、そのアパレルが織物を育てる。その相互作用、つながりが大切なので ある。
(衣を身に着けたときの着心地を判断できる感受性)
日本の繊維産業の産業構造は織物への技術蓄積デザイン蓄積のためにも、アパレルでのデザイン蓄積、国際的展開のためにも、不適切なものであった。その産業構造のゆがみが、織物とアパレルの間のダイナミックな相乗効果が生まれなかった最大の原因ではないか。
(熊本県という大きすぎず小さすぎずのマチで生まれるインタラクティブなクリエーション)
その産業構造のゆがみとは、織物でもアパレルでも、小さすぎる企業、複雑すぎる分業構造、弱いつながりの分断構造、そして原糸メーカーの系列関係でかなり閉鎖的な関係が産地を中心に出来上がっていること、などである。
(つながりはタテではなくヨコ)
そのために、企業の戦略が目前の効率化志向になってしまい、つい高速機械による多少の生産の大規模化といった戦略になりやすい。それは多品種少量生産おかえって難しくし、ファッション化や高付加価値化という本来とるべき戦略をとりにくくしている。
(生産物を画一化しない。あらゆるジャンルの需要に応える)
もうひとつの重要な産業構造のゆがみは、繊維産業全体を見渡したときの資源とパワーが集中しているという産業構造そのものが大きな問題をはらんでいるのである。
(自治体がコーディネートしていく資源と利益の分散型マネジメント)
繊維産業の中核は、やはりテキスタイルというだけあって、織物である。川中である。その川中に日本では有力企業が育っていない。そのために川中に資源とパワーが集中しなかった。リーダー役が不足している。
イタリアでは、企業規模こそ中小企業が多い国だが、しかし織物産業が産業全体を引っ張るだけの能力とパワーをもっている。テキスタイルデザイナーが大きな力をもち、繊維産地の中心を織物企業が担っている。
アメリカでは、原糸メーカーはあくまで化学メーカーで、繊維産業のリーダーは川中の紡績大企業である。
もちろん、原糸メーカーが力をもっているからこそできた日本の繊維産業の国際競争力もある。新合繊がその典型である。日本では原糸メーカーを中心に技術開発が急速に進んで日本企業の独占に近くなっているが、しかし残念ながら最終マーケットは小さい。
(マーケットは地消をメインとして熊本の気に入った工房でオーダーして帰る観光客)
強くならなければならなかったアパレル産業の強化を妨げた大きな原因は、産業構造自身にもあったようだ。
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とはいえ
失敗は成功のもと。
読んでくれてありがとう。
古庄文恵拝