*今際(いまわ)の言葉 臨終の最期の言葉のこと

 

 

A男さんは85歳。自分の死期を悟って

 

枕もとに家族を呼んだ。

 

 

 

 

 

(ああ、幸せな人生だった)――

 

そう心の中でつぶやきながら、

 

二人の孫に伝えたいことがあった。

 

 

 

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高2のB男君と中3のC子さんは、

 

小さい頃からおじいちゃん子。

 

早くも目を赤く泣きはらしている。

 

 

 

「おお、来てくれたか。ありがとう」

 

土気色(つちけいろ)の顔に懸命に笑みを

 

浮かべようとするが、顔はこわばる。


 

 

孫たちからは言葉がない。

 

うつむいたまま、ただ肩をふるわせている。

 

息も絶え絶え、A男さんは息苦しいなか、

 

なんとか声を絞り出した。

 

 

 

「二人の幸せを祈っているよ。困ったときは

 

 じいじのことを3回呼んで、祈りごとを

 

 心の中で唱えてごらん。必ず力になるから」

 

 

 

年長のB男君が答える。

 

 

 

「そんなことはいいから、死んじゃイヤだよ。

 

 お願いだから、死なないで。ねぇ頑張って」

 

「ハハハ、もういいよ。じいじは…じいじは

 

 もう頑張れない…。これまでずーっと、

 

 頑張ってきたんだから…」

 

「お願いだから、そんなこと言わないで」

 

「B男、いいか、おまえは男の子なんだから、

 

 これからはパパやママを支えて、しっかり

 

 家を守るんだぞ。いいか、頼んだぞ」

 

「じいじ、そんなこと言われても……

 

 いまの時代、男も女も関係ねえし

 

「・・・・・・」

 

 

 

これはいかん、と気づいたA男さん、

 

次に、C子さんに語りかけた。

 

 

 

「C子、じいじの最期の願いを聞いてくれ」

 

「うん、何でも言って」

 

「いいか、これだけは言っておくぞ。将来、

 

 お前が結婚して家を出ても、いつまでも

 

 家族は家族。パパとママのことを大切に

 

 するんだよ」

 

「じいじ、そんなこと言われても……

 

 あたし、結婚なんて考えたことないし…」

 

「(ゴホ、ゴホッ)ど、どうして?」

 

「だって結婚なんて人生最大のリスク

 

 だと思うんだよね」

 

「リ、リスが、どうしたって?」

 

「リスじゃなくて、リスク。危険だってこと」

 

「じゃあ、せ、せ、生活はどうするんだ?」

 

「働く。お金のためじゃなく生きがいのために」

 

「生きがいって…子どもはどうするんだ?」

 

「うーん、子どもはいらないっかな…。

 

 子育ての環境は悪くなるばっかりだし…」

 

「・・・・・・」

 

「ねえ、じいじ、聞いてるの?」

 

「・・・・・・」

 

「ねえ、しっかりして。じいじ、死なないで」

 

「・・・・・・」

 

 

 

意識が遠のくなかで、A男さんは思った。

 

(まったく、いまどきの若いもんは…。

 

 うーん、このままでは

 死にきれない……)

 

 

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