心理学とスピリチュアル、改めていろいろな分野の書籍を読んだりしていて、朝雨が思っていることがあります。



さまざまな専門分野に分かれてしまった学問は、結局のところそれらの行き着く先で、補完し合いながら集約されていく新しい統合的な学問が必要なのではないかな、と思うのです。




統合循環学というか、同時重畳学というか、ネーミングは分かりませんが。




世界と宇宙の法則を最初にはっきりと明示できるのは、数学ではないか、とか量子物理学ではないかとか、いろいろ言われているものの、朝雨が思うところ、あらゆる細分化され専門的に深く追求された学問は、最終的に抽象化された世界を扱うようになる。




その抽象化の先に、宇宙や世界を司る法則を解明することができるのではないか?と思うのです。





全ての分野を統合する、抽象化された世界での学問と、必要に応じて次元を下げて、具象的に、3次元情報に書き出せるようになる、実務的な分野の両方を、自由に行き来できるような、新しい学問が必要なんだろうなぁ。




今はまだ、学問同士、分断されているというか。

心理学を学ぶ人や、理論物理を学ぶ人は、スピリチュアルを批判したり、馬鹿にしたりすることも多いと思うけれど、そういう異分野の中の視点があることで、より理解が進むこともあるのかなと。




どんな分野でも、詐欺や洗脳、奪うためのお金儲けなどに結びつくことがいけないのであって、その真髄にある世界の仕組みや世界を知るための方法論として、お互いに補完し合いながら、新しい学問の一分野を築ければいいのになと思うのです。




心の奥深い部分、瑣末であったり個人的な体験であっても、奥へと探求していくうちに、数学や天文学、生物学や気象学、新しい別の出口にて結び合うような気づきがあったりするものです。




そもそもの人間たちが、分断的に生きていることが、その結びつきの発見を制限してしまっているのかなと。





めちゃくちゃ、それはもったいない。







学びを深めれば深めるほど、自分は何も知らないことを知るという、哲学的な境地になるものですが。



それよりまた深く学び、知識と知恵を磨き、何順もその無知の知を繰り返した先に、統合的な学びに出会えるのではないかと、朝雨は思います。




その先にある『統合学』とも言える学問に、朝雨は今思いを馳せていたりします。

学ぶということは、こんなにも楽しく、尽きることのない、『究極の娯楽』のような気がしています。