今週末はゆっくりブランケットを編んだり、お家のお片付けなどをして過ごした朝雨です。


水曜日からリモートワークに入り、そのまま自主的にロックダウン的な行動に移行した朝雨。それから特に買い物行くこともなく、普通に起きて平日はお仕事。定時でデジタル機器はクローズして、おうちにおります。まだ一度もお家を出ていないけれど、まあなんとか大丈夫。


以前朝雨は、フリーでライターをしていたことが5年くらいあるので、自宅で働く時はそうじゃない時間との区別をきちんとつける方がいいな、と思っています。


仕事が24時間っていう風になると、自分らしさを持ち続けるのはとても難しくなります。
仕事というものは不思議なもので、人生の時間というリソースを割けば割くほど、不安にもなるし、焦りも生まれる。


一度ゼロになってもいい。またスタートすればいい、そう思って自分で割り振った方が自宅勤務はうまくいくこともある気がします。


リモートワークにも良さがあるし、悪いところもあって。
一度体験したことがあるだけに、少し理解が進んでいるところがあるのかもしれません。あとは周りにそういう働き方をしている人が結構いるというのもあるかな。



歴史的に考えても、世の中が急速に変革を迫るようなときは、おそらく1度や2度ではなく、幾度となく繰り返されていて。


そういう時にも、ベストを尽くして、受け入れるべきことは受け入れていけば、いいのかもしれない。
3.11のときにもそのようなことを考えたりしました。
自分の行動の最善を尽くすことで、社会全体の最適化を考える。


新しいウイルスが生まれたからには、人々が生き残るためにできることは、ひとつだけです。

なるべく被害を最小にしつつ、総人口の7割の人が抗体を持つまで、持ち堪えること。


科学と医学の進歩により、無期限ではなく、有効な治療法と予防のためのワクチンができるまでの期間、持ち堪えること。
なるべく弱い人や、多くの人が助かる道を考えて、1人1人が今できる最適な行動をとること。それが長い目で見て全体の最適解に繋がるんじゃないかな。


ウイルスというものと共存していく社会というものを考えたとき、微生物の環境や、菌類などの環境を考えたりすると、全体調和という意味で、すごくシステマチックに機能していることに、人類は学ぶところがあるのではないかなと思うのです。



とはいうものの、人には『我』というものがあるので、難しい部分もあるけれど。人と菌を比較するな!とかお怒りになる方もいらっしゃるかもしれないけれど。


まずは、ゆっくり、コロナウイルスに罹患する人を減らして(コントロールする努力をする)。
急激に医療施設に負担をかけすぎず、重症化した人がきちんと治療されるように、患者さんの症状レベルに応じて適切な医療が受けられること。


不安ばかりを煽ったり、偏った情報でパニックになったりしないように、冷静に行動できるように、1人1人がなるべく正しい情報に触れられるといいなと思います。。。


朝雨のベルリン在住の幼なじみもコロナウイルスに家族でかかり、無事に回復しました。

皆さんもご自愛くださいね。