「縁切り」 | 東京神社めぐり

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「縁切り」と「良縁守り」

京都・安井金比羅宮
京都・安井金比羅宮

今秋、生まれて初めて京都の縁切り神社「安井金比羅宮」に行った。噂にも聞いていたし、その効果が絶大だということでもあったので、是非一度は訪れなくては、と以前から考えていたからだ。
平日にもかかわらず境内は若い女性でいっぱいだったが、実は、私には行く前からちょっと引っかかるものがあった。
それに、繁盛しているなら、境内ももうちょっと綺麗にしていていいんじゃあないか、と思ったりもした。

○崇徳天皇に「縁切り」を祈願!?

こちらが本殿。みんなお参りしてる?
こちらが本殿。みんなお参りしてる?

「安井金比羅宮」は、祇園の真ん中にある。
「建仁寺」のそば、「八坂の塔」から下ってきた坂道のちょうど真向かいである。
四国のこんぴらさんと祭神は同じで、崇徳天皇、大物主神。
加えて源頼政が祀られている。
ということからも分かるように、京都にあっては比較的新しい神社である。もちろん、元になったお寺は崇徳天皇の時代であるが、神社としては明治時代と第二次世界大戦後の2度にわたる合併により出来上がった。
そして、境内にある有名な「縁切り縁結び碑」は昭和55年に作られたものである。碑に貼られた短冊の山と境内に下がる絵馬に書かれた文言の衝撃度はかなりのものだが、そう考えると、「縁切り」の由緒と効果は江戸時代にすでに書物に記されている東京のほうに軍配があがる。
つまり、「縁切り」スポットの言い伝えは関東のほうが古い、ということである。
余談だが「安井金比羅宮」の「断叶の碑」(現名、縁切り縁結び碑)はこれを考案したデザイナーから訴えられ、今も裁判が続いているようだ。
それから、気になったのが「金比羅宮」という名前。
四国のこんぴらさんの表記は「金刀比羅宮」
安井さんには「刀」がない。
大きなお世話だが、自らの(悪?)縁を切れず、そして「刀」を持たないのはどうなんだろう。
と、いうわけで私はこんぴらさんの本来のご利益である「金運」のお守り「もうかり守り」を受けることにした。
よくよく考えたら、崇徳天皇に「縁切り」を頼むなんて恐ろしい。
NHKの大河ドラマ「平清盛」でもやっていたように(井浦新さんが怪演)、縁を切られたことを呪って死んでいった天皇である。
絵馬に書かれた内容を見ながら、崇徳天皇の姿が頭の中をよぎっていった。ほんとに、なんの副作用もなく願いがかなった人ばかりなんだろうか…。

○古くからある東京の「縁切り」スポット

縁切り榎
縁切り榎

以前に紹介したが、東京には三大縁切りスポットがある。
(「縁切り榎」、「叶稲荷尊天」、お岩さん縁の寺社。詳しくは前述の回をご参照のこと)
板橋の「縁切り榎」は、現在の榎で三代目になるという由緒あるスポットである。
江戸時代にもいくつもの書物に、その効果が記されていているが、最近はますます祈願者が増えたようで、社のそばにある絵馬がそれを物語っている。
「安井金比羅宮」にも負けないほどのキョーレツな祈願が書かれていて、読んでいるとタジタジになってしまうが、こちらは榎の粉を相手に飲ませないと効果がないわけだし、タダでお願いするのに比べると、多少のリスクがある。
江戸時代の書物「耳囊」には、夫と愛人を別れさせようとした夫人が、この榎の粉入りのみそ汁を飲んでしまい、夫と離縁することになった、という皮肉な話が書かれている。
だから、ストーカーなどとの縁切りにはもってこいかもしれない。わざと飲み残したもの、捨てたものなどに、粉をふりかけていればいいだけだろうから。(想像すると気持ち悪いけど…)

「豊川稲荷 東京別院」叶稲荷尊天
「豊川稲荷 東京別院」叶稲荷尊天

それから、「豊川稲荷 東京別院」に鎮座する「叶稲荷尊天」。
お寺の歴史は江戸時代に、町奉行大岡忠相が徳川吉宗とともに
紀州から江戸へ出てきた時にさかのぼる。
大岡家の屋敷内にあった社が最初だ。
江戸時代は、武家屋敷内にあったにも関わらず人気となり、
一般に公開されたお寺である。
明治時代には、「豊川稲荷 東京別院」へのパックツアーがあったとも聞く。今も境内には、どんどん新しい仏さまが増え続けている。

「陽運寺」
「陽運寺」
「於岩稲荷田宮神社」
「於岩稲荷田宮神社」

新宿にあるお岩さんを祀る2つの寺社「陽運寺」と「於岩稲荷田宮神社」も縁切りで有名だ。
ともに昭和になって再建あるいは創建されたものである。

 

○「良縁」を阻害する縁を切る

新宿「抜弁天」
新宿「抜弁天」

さて、「縁切り」にはいくつかのパターンがあって、積極的に「縁切り」したい、というものと、切った方がよい縁なら切りたいという消極的な「縁切り」がある。
実は私は都内の縁切りスポットをいろいろリサーチして、積極的な「縁切り」には向かないが、間違った「縁」を切ってくれる、という神さまや仏さまを探してみた。
実際に、ご利益があった、という人も知っている。
ずっと大事だと思っていた人が、実は一番人生を阻害する人だった、ということに気がついた人。
大事にしていたものを失くしたとたん、幸運が舞い込んだ人。
なぜだか、突然舞い込んできた子猫を飼うようにしたら、嫌っていた人がよりつかなくなった人。
気がつかないけど、よくない「縁」というものもあるのだろう。
言葉でいうなら「心機一転」というやつである。

新宿「抜弁天」
新宿「抜弁天」

抜弁天(ぬけべんてん)
新宿にある弁天さま。「厳嶋神社」が正式名である。
創建した八幡太郎こと、源義家が「苦難を切り抜けた」という逸話と、弁天さま特有の「別れる」伝説が相まったものと思われる。
実際、苦しい事業内容から「抜けた」人、絡まった人間関係から「抜けた」人などの話が多い。苦難から抜けたい人は、参道を南北に通り抜けて祈願することが大事である。
弁天さまだけに「水に流す」ことも必要なのかもしれない。

「聖輪寺」見守不動
「聖輪寺」見守不動

・聖輪寺(しょうりんじ)
実は、このお寺の門前にいる小僧さんの像はこのブログのトップ画面に使わせていただいている。(ランダムに画像が変わるうちの1枚)
小さな境内の普通のお寺に見えるが、江戸時代の書物には、「浅草観音と並び称される歴史を持つ観音さまとして有名なお寺」と記されている。
目の前の坂に「観音坂」と命名されるくらいで、本尊「如意輪観音」も行基(668〜749)作と伝わるほどの古さである。もちろん、この観音さまのご利益も病気治癒や守護として長く信仰されてきた仏さまである。
さて、ここからが本題。
ここは御府内八十八カ所の10番で、つまりは、四国八十八カ所の10番「切幡寺(きりはたじ)」の移し、ということになる。
(「御府内八十八カ所」とは四国のお遍路を江戸で真似て作られた巡礼路である)
「切幡寺」は「はたきり観音」というハサミを持った観音さまで有名なお寺だ。なるほど「縁切り」祈願が成功したという話をずいぶんきくはずである。
縁切り祈願には、境内に建つ「見守不動」さまがよいらしい。
実はこのお寺、参拝した人によって印象が全然違うのだ。
「二度と行きたくない(というのも珍しい)」という人から、「思いもかけずいい所に出会った」という人まで。
お寺さま自身も、縁切りするのかもしれない。

「白鬚神社」
「白鬚神社」

・白鬚神社(しらひげじんじゃ)
総本社は、滋賀県にある「白鬚神社」
東京には10社ほどの「白鬚神社」があるが、なんと言っても
一番は隅田川七福神のひとつでもある、向島の「白鬚神社」である。白鬚神社の祭神、猿田彦大神は「道の神さま」である。
実は、私はどこに言ってもこの猿田彦さまを祀る神社を見つけた際には必ずお参りをすることにしている。
なにせ、筋金入りの方向音痴なため「大難が小難」でありたいと常に思っているのだ。
わざわざ出かけてお参りしているわけではないが、目につけば参る、を行うようになって2年ほどになる。
ご利益かどうかは不明だが、不思議と、このところヒドい迷子になることはなくなった。
で、この猿田彦神とは「間違った道を正す神さま」なのである。
物事に迷った時、苦しんでいる時、どうしようもなくて何もかも投げ出したい時こそ頼るべき神さまと言えるかもしれない。
言い方をかえれば、「間違った道を切ってくれる」ということか。
実際、ある人から白鬚神社から受けた鈴に、ピンチを救われたという話も聞いた。
さて、最終的な選択は自分がするものだが、あみだくじのように「神さまのいうとおり」に決めてしまいたい時もある。
(あみだくじは、阿弥陀如来からくるから…仏さまか?)
不要な道は、切ってしまえるならその方がいいのかもしれない。
ちなみに、「日枝神社」にある末社「猿田彦神社」もおススメである。

日枝神社の「猿田彦神社」
日枝神社の「猿田彦神社」

「縁切り」で一番多い願いは何なのだろうか。
不倫相手の家庭が壊れるよう望む絵馬や、妻が夫の浮気相手を呪うものなどいくつもあったが、どうせ神さまにお願いするのなら、みんなが幸せになれる内容をお願いしてはどうかと思う。
小さな子どもの字で、「パパがびょうきとえんがきれますように」と書かれているのを見て是非是非叶えてほしいと思った。
そして「酒!!」とひと言書かれた絵馬にもなぜか胸が痛くなった。