2月なのに雨です。風が強くて気温がプラスなので雪がどんどん融けていきます。
こんな雪、やたら重たいんですよね~"(-""-)"
畑も雪が沈んで白菜とキャベツが頭を出していました。
洞穴にトトロが住んでいそうな巨木ですが、穴はないんですな。
うちの垣根、いろんな木がだらだらと植わっています。
マサキの新芽と
殻です。
ヒサカキ、ツボミがび~~~っしり。
地味な花ですが、咲くのが待たれます(^^)
市の広報誌にルックバックの実写版の記事が載っていました。
で、今回の表紙と裏表紙がこうです。なんか、広報の担当者さん、頑張った気がしますね(^^)
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さてさて本日も読み飛ばしコーナーです(^^; ここにいろいろ好き勝手書かせていただいて、気持ちもだいぶ鎮まりました、ありがとうございました。
これで”勝手に独り言”枠もそろそろ終盤と思われます。(なんか他人事だね(*´Д`) )
今日はね、幸、不幸のことをふと思ってみました。
たとえば超メジャーになった”ふじもとたつき”さんが同市の生まれで高校の同窓であること、其の2はやっぱり羨ましいところもあるんだろうな、とは推測します。
うちのは県立の大学を退学してしばらく家で引きこもり状態で漫画を描いていて、それから10年くらい地元の居酒屋で企画とかしながら漫画を描いていて、そこを辞めて東京の漫画の専門学校に行って漫画を描いていて、専門が終わってからビル掃除のバイトしながら漫画家先生のアシスタントをしながら自分の漫画も描いて、そして我が家に戻ってきて、今はリモートでアシしながら飲食業のバイトと自営の農民です。村じゃ貴重な(若くない)ワカモノなので、村の行事にも参加しています。
其の2、本来の夢に届かないけど、ちっとも不幸せそうじゃないよ。(特には訊かないけどね)
自分たち親も芽が出なくて憐れだとか、諦めたらいいのに、とかちっとも思いません。やりたいことしながら生きていけてなんて幸せ者だ!とずっと思っています。
ま、先のことを思えばどうなるかわからないですが、それは誰も同じ、世の中自体がどうなるか不安はいっぱいなんだから、それを其の2の未来に被せることはしなくていい。
音楽でも小説でも映画でもよく出てくるフレーズ、「幸せにするよ」「幸せになろうね」「幸せになってね」。それもおんなじ幸せのことですよね?
今までの歴代の推しさんたち、幸せだった?今の推しくん、まだ幸せじゃない?
そんなことを自分が判断するのは不遜だと思いながら、でも「幸せな人生を送れますように」なんて老婆心なことをつい伝えてしまいたくなります。
それならその「幸せな人生」って、いったいどういうものなんじゃ?とちょっと思ってしまったら、また泣きたくなるのよね~~
やりたいことがある人は、それを全うしたい、特になにもなければ手の届くレールの上をすべるように走って、人生を穏やかに締めくくりたい。それでいいんでしょ?
でも人の世は絶対にそうか行かない、じゃ、挫折や諦めは不幸なのか?
そしてミーハーである自分は推しくんに具体的はどうなってもらいたいんだ?
でもそれは推しくんが決めることで、ファンにできるのは応援だけだろうし。
長く生きてきた自分としては、いろいろいろいろあったけど、今が一番幸せ!といつもと同じ結論です。
ここまで来ないとわからないこともやっぱりあるし、夜中に目が覚めると昔の失敗や悔恨ばかり思ってしまうので慌ててYoutubeを見るのも毎晩のことですが、今、この状態で生活できていること、幸運だと思っています。
幸せに運がたくさん関係するなら、自分はだれより運に恵まれた!とは、さすがに手放しで肯定できるほど達観はしてないけど、ま、そこそこはよかったかな?(どっちかと言うと悪運がいい方、とか😅 )
でもそれはたぶん同年代の人は同じようなもんじゃないかしらん。
ここまで生きてきて、いいこと、悪いこと、わちゃわちゃあっての人生じゃん!
今自分の幸せは、自分の意思通りに自分で動けること!
病院も買い物も自分の車で自分で行ける。
テレビでYoutubeやTVerが見られる。好きな番組を自分ひとりで選んで、時間も無制限になんぼ見てもオッケー♪
今日はAtの置きDVDプレーヤーを其の1の部屋からこっそり持ってきて、自分で配線して(どうしても家族に頼みたくなかった)テレビで見られるようにしました。(ヤフオクで中古DVDを買うつもりなのだ。家族に内緒でそんなこともできる。)
部活もコンサートも誰にも気兼ねしなくていい。推しくんにイカレタら、ここに書き散らして気を収めることができる。
なにより自由な時間がたっくさんある!!!!
今の自分の幸せは、自分の意思を自分で叶えられること。
それならたとえば推しくんの幸せは、自身が思い描いた方向に生き方がまっすぐ向かっていること?
戦争や厄災が起きないことがその大前提ではあるけれど、それを運で片づけていいのかどうかもわからないけど。
結論なんてあるワケがないのに、また長くなってしまいました(;´∀`)
キリがないので止めますが、”亜紀ちゃん”の歌う「いつも何度でも」を聴いていて、「あ、これは死んでいく人の心情なんだ」と思ったら、こんな風に死んで行けるんならすごく待ち遠しいと思ったんですよ。
若い人たちのように、将来どうしようとか、思った道に近づくためにどういう生き方をしたらいいんだろう、なんてはもう悩まなくもいいです。
ただ絶対に免れない死をどうやって迎えるんだろう、そっちの方ですね。
今が幸せっていくら叫んだって、一日一日体力が落ちてできないことが増えて行くんだから、毎日そのことを思わないことはないです。
でも今は幸せなんですよ。
その時に、あまりに周囲に迷惑を掛けたくない生き方(死に方)をしたいと思って頑張っている、とも思ってくださいね~ (ほんとは好きなことを追いかけているだけなんですが。)
毎度シッチャカメッチャカでごめんなさいm(__)m
フルで読んでくださった方、長いワリに半端ですみませんでした。では。








