よくばり | 【情緒】ヌイグルミに怨念がおんねん【不安定】

【情緒】ヌイグルミに怨念がおんねん【不安定】

これを読んで気分を害しても、一切責任はとれませんのであしからず。
注意:タイトルは予告なく変更することが多々あります。

人間が「今」と感じるのは、

安静時では、前後3分ほどであるらしい。


この3分は相対的なものであるから、

何かに縛られている間、この時間感覚は変わる。

例えば、過去に縛られている間、今は続いている。


それほどの価値が自分にあるとは思っていなかった。

ついでに言えば、価値が自分にあるとは今も思えない。

「軽く口説いただけで、簡単に落ちる奴」、

だと思われたのが気に入らない。ショックだった。

それ以上に、実際に落ちたのだから、

そんな自分には益々、価値があるとは思えなくなった。


確かに当時は、そして今も時々は、

「自分がどうなってもいい存在」、

だと思うことがある。

「誰にどう思われようが、軽蔑されようが非難されようが。

 ただ今、自分がしんどいから、どうなってもいい存在」

そう思っているくせに、ショックを受けるのだから、

本当に自分がわからない。


結局のところ、甘えたかったのだ。

甘えさせてくれるものだと、勝手に思っていたのだ。

だから、その人のテリトリーに踏み込んだとき、

その人は壁を作り、その顔を見せなくした。


声も聞こえない。

時々投げた石が戻ってきても、

それが俺の投げた石なのか、その人が選んだ石なのか、

本当にその石をその人が投げたのか、

本当にその石をその人が俺のために遣したのか、わからない。


今も修復不能で、つまり関係を壊したのは、俺だ。

俺が、近づきすぎたのだ。

寂しかったから、甘えたかったから、

そして何より、

俺はその人にとって価値があるんだと、勝手に思い込んでいた。


その人にとって、俺は価値を持たない。

少なくとも「今」は。

過去や未来においては解らない、と、しなければ、

俺は救われない。

救われたい?何に?今更、どんな答えを俺は求めてる?


過去から何も学ばない内は、成長しない。

同じ過ちを犯さないように、と思っているのに、

時々、その人の「次の人」を考えている自分が居る。

次の人に、俺は何を求めてるんだろう。

また、あの時と同じように、

甘えさせて欲しい、と、自分のしんどさから癒して欲しい、と、

本気で思っているのだろうか。


どうして、「今の人」で満足できないのか。

俺は、何を求めているのだろうか。


第三者から自分の価値を相対的に求めたとしても、

いくら対象を増やして、自分の相対的価値を得たとしても、

自分で自分の価値を決める作業をしない限り、

絶対的な自分の価値が確立しない。

つまりそれは、自分の価値がわからない、という状態だ。


「今」、必要なのは、他人じゃない。

自分への優しさで、自分を甘えさせてやる事なのかもしれない。